頭の中には
庭に座り込んだやつがいる。
目は明後日の方向を見て、デップりと太った腕に噛まれた跡のある感染者だった。まだ噛まれて1日も立っていないようで、ルビーのように赤い傷口からは絶えず血が垂れていた。性別は多分女性である。
その化物はこちらを見るでもなく認識して、ニパァと、不気味な笑みを浮かべた。
屈託の無い子供のような笑顔である。ただ、その前歯には真っ暗なものが挟まっていて、毛虫のように蠢いている。良く見ればそれは人間の髪の毛で、飲み込めなかった頭蓋の一部と共に口の中に残っているのだった。チロチロと出来物の浮かぶ舌がそれを舐めていた。
なぜ笑顔を作ったのだろう。こちらに気に入られようとしている? まさかな。それが新鮮な肉を食べるためにする擬態行動とすれば、我々人間も気を付けなければならない。そのうち、人間と区別のつかない感染者が出て人は全滅するぞ。
かつて存在した大きな文明が、理由も残さず忽然と歴史の闇に消えたのはこのような感染症があったからかもしれない。ホモサピエンスには、近縁種が存在しない。殺し尽くしたか、食べてしまったのか分からないが、我々は何らかの理由で、種族的に孤立した。
この世界では種が絶滅するのは珍しいことではない。環境に適応できなかったものが消えていくのは自然の摂理だ。我々人類の中には、それらを守ることが人類の役目だと固く信じる人もいるが、俺はどちらかといえば違うタイプである。
納屋から鋤を引っ張り出してきて、ピッタリと感染者の頭にのせた。この影をとした頭蓋の中には人が築き上げてきた無数の科学と歴史がつまっている。まあ、とんでもないバカではなければ、この脳みそは物理を理解し、数学を理解し、文学を紡いだはずだった。
「最後に警告をします。自分の姓名と出身地をのべてください」
「ウウウウ!!!」
飛びかかろうとしたので、腹を蹴り、泣きわめいて地面に転がっているところを鋤で頭を砕いた。
硬いカボチャを潰したような感触が手にあって、庭の砂利の上には砕けた肉片がベチャリとぶちまけられた。
数秒間不気味なタップダンスを踊ってそれは動かなくなった。
感染者を前にしたときの反応は人それぞれだ。これを人としてではなく物として扱うことで心を保つ人もいる。
俺はといえば、この肉塊をどのようにして片付ければいいのかを必死に考えていた。