救世主
小さな爆発があった。いや、よくよく考えれば、背中を焼くこの激しい痛みは、俺がベランダから落ちたことを物言わずに知らせているらしい。
痛みはさながら最高の先生であったが、特段会いたくはないものだった。彼は挨拶もせず、勝手に教育を始めてしまうのだった。その、焼き付くような痛みに身をよじると、幸いにも固いコンクリートの感触はそこになかった。
緑茶を思わせる青臭い匂いは、この季節になれば農家の多くが嗅ぐ匂いである。指先にはまだ柔らかな若芽が触れ、今日ばかりは蜘蛛の巣のはった、木々の隙間が心地よいとまで感じられた。俺は、木々の隙間にいるのだった。
不運なことにベランダから転落し、庭の生け垣に引っ掛かって止まったようだった。
地面を見下ろせば、さながら巨体を横たえたクジラの死骸に群がる甲殻類や、名前の知らぬ不気味な寄生虫のように、無数の感染者が折り重なるようにして俺を激しく求めていた。
しかし悲しいかな、その欲求は食欲に大きくふられていた。
ためしに目の前に手を伸ばしてみると、鼻面にブロイラーを吊るされたワニのごとくそれらは飛び上がってきた。
目は内側に寄り目になって、黒目が大きくなっている。鼻は腐り落ちて潰れ、血を吹き出した姿。その顔形は、異形の化物のように感じられた。知能がそこには感じられないのである。これを同じ人間だと理解することを拒むような有り体となった彼らは、例え、治療法が見つかっても元の生活には戻れないだろうな、といったような確かな確信があった。
しかし、4重にも築かれた人垣は、人の胴体ほどもある生け垣の幹を今にもへし折らんとしてゆらし、幹からは爆竹が爆ぜるように激しく音を立てて、木が揺れる。まさに、蝋燭の火がゆらめいて、今にも消え入るようになったその瞬間。
雷鳴が轟いた。
晴れた空の下、聞き馴染みの無いその音は、光と煙を伴った。すぐに空気を切り裂く弾丸の、ピュンピュンといった背のすくむような音を発して感染者がガクリ、とかく座した船のように潰れていった。
音の方をみるに、煤けた、マッチ箱のような車両があって、その天井を観音開きに開いて、半身を乗り出した自衛官がギリリと鋭い眼光で睨んでいるのが見えた。
抱き締めるようにして構えているのは分隊支援火器のMinimi軽機関銃であった。5.56mm口径の、ベルトリンク糾弾を採用したこの銃は引き金を引いている間、絶え間なく弾を吐き出し続けることができるのである。
次いで、クラクションをけたたましく鳴らした彼らは、まるで自分を囮にするように大通りへと消えていった。
感染者がその真っ黒な瞳に車を写したのは、生への恨みのようにも思えてならなかった。




