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浮遊

 耳障りな悲鳴を上げていたドアのヒンジがついにひしゃげ、弾け飛ぶようにしてドアがお釈迦になった。外からは感染者が折り重なるようにして室内に侵入し、不気味な、赤黒い吐瀉物を玄関にぶちまけた。

 空気が腐ったような甘い匂いに変わる。人間だったもの達は、玄関から二階につながる階段へと足を踏み入れ、身体を蛇のようにくねらせながら階段を登り始めた。

 光を失った眼球は曇り空のような色をしており、左の眼窟からは神経が繋がったままの眼球が、夏祭りの水風船みたいにぶら下がっていた。

 痛みはないのだろう。後ろからやってきた感染者に髪の毛を捕まれると、頭皮ごとベロリと剥がれ落ち、スライムみたいに糸を引いた皮膚が、ベチャリと階段に落ちたが、それもお構いなしだ。

 中には、すでに顔の肉のほとんどを失って、赤黒い頭蓋骨だけのものもいる。

 共通しているのは、俺に噛みつこうとそのアギトをガチガチ打ち付けて上がってくることだ。

 窓近くにあったライトを投げてみるが、ほとんどダメージを受けずに上ってくる。

 足裏から剥がれ落ちた皮膚が、二階のフローリングに貼り付き、失敗したパンケーキみたいに伸びているのをみたとき、上へ逃げたことを後悔した。


 二階には寝室がある。寝室の窓を開けてベランダに転げ出ると、庭全体が見渡せた。眼下には、足の踏み場がないほどの感染者の群れ。

 車庫には車があったが当然そこも取り込まれている。

 感染者の目は空を見ていて、まるで、二階に逃げた俺を怨めしく思っているようだ。


 2階廊下からはドタドタと足音が聞こえはじめた。不気味な叫び声が木霊する。寝室のドアを開けられるのも時間の問題に思えた。


 ベランダから逃げるには、家から倉庫まで伸びる電線を伝って逃げる他は無かったのである。

 それは直径1センチほどの細い線で、家から倉庫まで蛍光灯の電源を供給するために配線したものだった。


 藁にもすがる思いで右腕を伸ばし、電線をつかみ、ベランダの転落防止柵によじ登ったとき、足元に感じた柔らかさは、人間のそれ。それをみることもせず空中へと身を投げ出すと、浮遊感があった。


 遊園地のジェットコースターで急斜面を滑り落ちたみたいな、内臓が置いていかれる感触。

 右手の中の電線は被覆が避け、むき出しになった銅線が線香花火みたいに爆ぜて、大きな音を立てていた。


 ブツン!

 落ちる。あまりにも青いそらが、脳裏に焼き付いて。


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