腹ごしらえ
地面を覆い尽くすほど大量のゾンビの迫ってくる状況で何をするか。
そう、飯を食べるのである。馬鹿だと思われるかもしれない。きっと長距離を自分の足で歩いたことがない人が多いことだろう。
歩くときに持っていく物でもっともスペースを圧迫する物資とはなにか。食料と水である。その中でも食料は、疲労した状態では喉も通らず、あまりの重さに耐えかねて道端に捨てる事となるのだ。だから、逃げる前に食べられるだけ食べておかなければならない。当然、貴重な冷凍ケーキはホールごと、ステーキもピザも全部解凍して腹に詰められるだけ詰める。
俺は特に仲間へ強制はしない。こういうことは分かる人にしか分からないことであるし、危険に差し迫っては各々が別々の行動をすることが、最終的には誰か一人が生き残るということにもなる。
「大変だ……」
台所の出窓からは、畑を気にせず土足で踏みにじって真っ直ぐこちらに向かってくる群れが見えた。
夏のアスファルトの上、息たえた蝉に群がるアリの大群を思わせる人だかりは、どういうわけか人の姿をしているのである。
当然だ。元、人なのだから。
あるものは頭の片側を失い、またあるものは臓物を引きずっての行進である。
まるで、地獄を見せられているような光景だった。
彼らが歩くそばから体液がその身体からにじみ出て、道路は真っ黒に染まる。
その状況に諦めた生存者は両手を上げて降参して見せた。当然その場でブュッヘスタイルの昼食会が開かれることとなる。大人気なのは真っ赤なトマトソースに絡まった特性スパゲティ、人間風味だ。
車の中に逃げるものもいた。間違った選択である。現代の車は事故を起こしたときに人を殺さないようわざと脆く作られている。自衛官がまた一人その人的資源を散らして消えていった。
見方を変えれば、感染して向こう側の一員となったわけであるので、真に勿体無いことであった。
見ながら飯を詰め込む詰め込む。ケーキなんて二度と食べられないぞ。
両手でむさぼるように、ケーキを切ることもせず腹に詰め込んでいると腕を噛まれた。
ガキィちゃんである。
ギャっ!と声を上げる暇もなく、ケーキを強奪された。
幸いにも腕は赤くなっただけで出血しておらず、感染してないだろうなという感じだった。怖いので、洗面所にてイソジンうがい薬の原液を腕にかけて消毒した。
ああもう!!時間がない!!
外からは感染者の足音が聞こえてきた。
窓が暗くなって。早く逃げなければならない。一刻の猶予もない。玄関ドアはすでに腐った手がバンバンと叩いている。
逃げなければ。二階から……そうだ屋根づたいにいけば助かるかもしれない。焦ったために、靴下で階段を駆け上がった俺は、靴を忘れたことに気がついて急いで玄関に戻り、また上へと引き返した。
瞬間、玄関のヒンジが音を立てて曲がり始めた。