自己紹介
自己紹介は、どんな人が聞いても異常なものとなった。今現在、素性のわからない人間が、ゾンビの支配した世界で部屋に上がり込んでいる状況だ。何よりも親密にならないことが重要だった。
「万が一の時、お互いに切り捨てられないと困りますから、名前で呼び合うのはやめましょう。それに、踏み込んだ話も無しです。ある研究では、戦場で酷使された兵士があだ名で呼びあっていたために、PTSDにならなかったという物もあります。現実を切り離して考えた方が賢いということです」
「私、玲子よろしく!」
聞いてたのか?思わず顔をしかめた。
「俺はそうですね、農家です。農家と呼んでください」
「おう!農家!」
俺達には、まず落ち着いて考える時間とお互いを無視しあう関係性が必要だった。彼女だって行くところがないからここにいるのだ。変な希望は捨てるに限る。
まあ、なんというか、人間が嫌いなわけで。とにかく、目を閉じれば全部夢になって終わるんじゃないかと思っていた。
勿論、現実は変わらないし、窓から見えた景色は、最高だった。全力で道路を走っていたチャラチャラした服を着た金髪男性が、脇道の茂みを飛び越え、そこにいた感染者の集団に突っ込んで噛まれていた。
おーいいぞぉ!良い感じ良い感じ!俺たちの時代!やってるねー!
そもそもゲーム脳があれば、あそこからゾンビ出てきそうだなって分かる筈だ。それが分からないのはこちら側の人間ではないからなのだ。どうせ、クラブだなんだとやっていた連中なのだろう。人と一緒じゃないと不安になっちゃう精神障害なのだ。曲にあわせて腰を振ってきた経験は存分にいかされて真っ赤なスパゲッティソースに成り果てたようである!やったー!仲間になれたね!
追いかけてきた女性に「助けろ!ぶっ殺すぞ!」と叫んでいた。
助けるか?まさか。絶対助けないねぇ。良い気味だなとまで思ったが、それを見て楽しんでいた自分の非情さに心を痛めてしょんぼりとする。
お菓子食べよう。もうおやつの時間じゃないか。気をとりなおそう!
急須で淹れたほうじ茶に、ルマンド~を一袋。アルホートのパックは今晩、ホームシアターでゾンビ映画を見るときに食べるつもりなのでとっておく。なんであんなに旨いのだろうか。コーラもあれば最高なのだ。もう言うことないって。ステーキなんて目じゃねぇって。
そう、言っていなかったが、俺は酒もタバコもやらない。その代わりに甘いものに目がなかった。