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微笑み爆弾

 女の目の前に手をかざし、噛みつこうとする素振りがないことを確認してから、ライトで目を照らして瞳孔の収縮を観察した。ゾンビ映画では希望的観測で動くと死ぬ。むしろ目の前の人間は感染していると考えて行動すべきなのである。あと単純に人が信用できない。大多数の人間は追い込まれると自分のことしか考えなくなる。つぶらな瞳の中で光を当てられた黒目がちっちゃく縮こまり、一応は人間と判断した。

 簡易拘束具を抜き取ると、子供のように跳び跳ねた彼女は、まず最初にトイレに閉じ籠って、空からダイヤモンドでも降ってきたような歓声をあげた。俺からは、閉じられた扉のむこうで何があったのかは分からない。


 なんだか大変に気に入った様子で、長いため息が漏れていた。


 閉じ籠ってくれる分にはこちらも安全なので、空に顔を向けながら考えると、我が家のトイレ事情に行き着いた。

 我が家のトイレは常に便座の暖房を付けっぱなしで、座ると暖かい。さらに、ウォシュレットもついていて人に優しい。加えて、今朝掃除したばかりである。良かった。

 トイレのドアが僅かに開いて、「今日からここに住むから」との宣言があった。声の高さ的にまだ便座に座っているようだ。こっちの考えなどお構い無し。まるで暴君のようなその態度には、我が家の女性陣営を思わせた。ふむ。便所に住み着くか。


 田舎の、それも娯楽もなんもない農家に嫁ぐ女というのは、昔から決まっていたようなものだった。気が強く、男勝りの腕っぷしがある女。母もそういう人間だったので、無意識に、いいよと小さく呟いていた。


「あの、すいません。一応、手当てはするんで、一度出てきてもらえます?」


「え、貴方は嘘つき?そうやって家から追い出すつもりなのね」と、まるで人殺しを見たように絶望した声色で彼女は言った。多分、トイレの扉越しに話しているからそんな感じに聞こえたのだろう。よほど出たくないらしい。


 トイレに住み着いた神様みたいだなと思ったが、言葉にせずに飲み込んだ。無理もない。一晩中エンジンの止まった車のなかで過ごしたのだ。外は氷点下だった。


「いや、あの、うち男一人ですんでますんで……あまりどういう対応をとって良いかわからないって言うか」

 女性の思考は複雑で、友達のグループに『自分よりもブスだから』という理由で人を率いれる生き物、というイメージだった。

「え!?そうなの? 私気にしないよ!弟いるし!よく遊びいってたからパンツとか見ても大丈夫だよ!」


「どうぞ、お帰りください」

 粗塩をふる素振りをして、トイレから距離をとった。ぎんさんがビクビクしながら降りてきたのでだっこして回収する。なんか変なのがトイレにおる!!こえー。気を付けろ!ピーポーピーポー!警察を呼べ!


 我が部屋は暫く友達も来ることがなかったため、机には飲み終わったペットボトルが、南国で忘れさられた日本軍の戦車みたいに転がっていて目も当てられない。それを急いでゴミ箱にぽいするがまだ問題があった。


 非常用持ち出し袋が二つ床に転がっていて、ある主異様な光景となっていた。重たいそれらを押し入れに押し込むと、これ幸いとぎんさんが押し入れのパトロールを始めてしまったため、お腹をつかもうと手を伸ばしたのがいけなかった。ぎんは一度、外に引っ張り出されそうな雰囲気を感じると絶対に出てこなくなってしまう。その上、鳴かないので生涯で2度も気がつかれずに押し入れに閉じ込められた。それでも鳴かないのである。それくらいの押し入れ好き。


「出てこいって」前足をつかんだらもうダメね。『な、なにをするんですかぁ!?』と怒ってもっと奥にいってしまう。

 背中に視線を感じた。

 初めてカンニングしたテスト中に不正がばれた小学生みたいにビクビクしながら振り返ると、笑顔の押し売りが爆弾のように降り注いだ。


「猫いるの!?かわちぃねぇ!」

 腕の細い小柄な女が割り込むようにして押し入れに入ってきた。近くによられるとその栗色の髪の毛は香水をつけているのか僅かに甘いような香りを振り撒いた。深く嗅いだらくしゃみが出そうだ。そもそも生まれつき匂いに敏感なのでアロマとかハーブの臭いがダメだ。ぎんもそれとなく体を離す。


「怖くない」まるで長編アニメーション映画の姫様のような口調で手を差し出しているが、ぎんさんは威嚇もせず壁に同化せんばかりに体をくっつけていた。大変にコミュニケーション能力に問題があった。


 ぎんも俺も青春を謳歌するウェーイのタイプじゃなかった。むしろ、学校の屋上の鍵を紙粘土で複製して休み時間に入って好きな本を読んでいるタイプ。ベクトルは違うがこれはこれで楽しい青春なのでバカにしないように。


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― 新着の感想 ―
[一言] ありがとうござい──ます! で良いのかな? それとも 「お前に足りないものがある  危機感だよ」 の方が良い? なんと言いますか、えらい性格……(苦笑) 嘗ての、車がひしゃげて助…
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