あなたとはいられない
「もう一緒にいられない。私を助けてくれた農家さんはどこに行ったの?毎日一緒にいて感じるのは恐怖だけだよ。もうほんとに無理だから」
「え、あえ?」
「もう二度と会いたくない」
そう言い残した玲子さんは物資の山と車一台をかっぱらってどこかへと消えた。ついでにお医者さんも何も言わずに消え、飼い猫であるぎんさんすら、玲子さんが連れていったらしい。
完全なる裏切り行為だった。
今まで俺の作った米を食べていたのに、そのうえ、家にまで居着いていたのに、い、一緒にいられない?ぎんは?
危険だから?……誰が?この俺が?
1人には免疫があったはずだった。
取り返しの付かない行動の結果、家にただ1人、正に孤独だった。
空っぽになった押し入れのドアを何度も開け閉めして、そこにあったはずの缶詰の山が戻らないか試す。勿論戻らない。
見慣れない他人の靴がクツ箱になく、洗濯物すら一つも無くなっていた。
落ち込んだ。初めて好きになった女の子に振られた時みたいに。一週間はこれが続く。世界なんてどうなっても良い。もうやけだった。
家の前にパイプを立て、その上に今まで襲ってきた人達の生首を左から順に突き刺した。
夕日が赤く染まって頬を染めるのを快く思う。今にも息を吹き替えしそうな見た目である。首から下はパイプなのだが。
町の量販店を回って、一番大きなモニターとvrセットを入手し家へと帰宅、回りへの配慮も全く無く、爆音でボクシングゲームをやった。
さらにそれでは収まらず、車のフレームに穴を空けて、H型鋼材をバンパー側に突き出すように設置。鋼材の先端は斜めにカットして刺さるように磨いた。
さらには、エアバックまで取り外して県道を100キロで飛ばした。
目の前には放置車両、自分の相手にとって不足無く、今一度アクセルを踏み込む。
グワァン!とより一層スピードが増して、窓から見える景色は全て後ろに流れていくようだった。
1人になった悲しみも、一緒にいられないと言われた怒りも全部全部置き去りにして。
「くたばれよ!!!!!こんな世界!!!!」
覚えているのは衝撃と真っ白になった視界。
前歯が2本折れて、ハンドルに刺さって止まっていた。
ひしゃげたラジエーターから緑色のクーラントが漏れている。それを放心しながら見ていた。まだ生きているらしい。
水平対向エンジンがフレームから持ち上がって半ば半分浮いた状態でそこにあった。
助手席の窓は割れ、そこから腐った死体が車内にめり込んでいた。ぶつかった車の中に残っていた死体だろう。
腐り果てた頭蓋骨を押し戻して、砕けたフロントガラスを足で蹴って除去した。
空が高い。腐った星が無数に輝くこの世界で、俺は1人だ。
玲子さんを捕まえたら生きたまま鼻を削ぐつもりだ。日本の伝統的な犯罪者の扱いから言うと、女性な犯罪者は鼻を削がれて追放される。男は処刑だ。昔の人は良く分かってる。
バカどもに死を。
この時は気がついていなかったが、どんな人間にも居場所はあるものなのだ。そして、同じような人間が示し合わせたように絡み付き、あるいは離れていく。