牛丼
玲子さんという人は変な人だった。
俺は俺の異常さを自覚している。勿論、他人と比べて異なるという認識があるという意味なのだが、大抵の場合距離をおかれるか、鼻つまみものとなる。
生まれつき孤独に強く、エンジニアのため大抵のことは1人でできてしまうことで、人といる方が煩わしく思う俺に、彼女は「犬が悪いことをして隠しているみたい」と言った。
あながち間違えではない。
つい先程蹴りを入れた相手はまだ息があったが、感染者を呼び寄せておそらく今ごろは仲間入りを果たしているだろうと思った。
俺は子供の頃から犬には吠えられ、追いかけ回され、死ぬ思いをした。
おそらく犬は、俺の人を傷つけても何も感じない狂暴性を本能的に見抜く力があるのだろう。あるいは、俺自身が犬のような人間であるのかも知れなかった。
「お腹空きましたね」
「農家さんさっきご飯山盛り食べてたじゃん」
「うちは一食二合食べるのですよ」
我が家は農家のため、三度の食事の他に10時と15時におやつ休憩が入る。
大人になって気がついたのだが、その休憩はお茶でカフェインを、お菓子で糖分を補給するためのもので、有り体に言えば、エナジードリングの無い時代に肉体労働をしていた人達が編み出した、なんとか生きるための術だったのだ。
だから、俺はエナジードリンクは飲んでも効かない。10歳から農作業をやってるもんで、もう、体に染み付いていた。
「牛丼が食べたいですね」
「……」
「美味しい、牛丼が食べたいですね」
玲子さんの目を見てはっきりと分かるように伝えた。
「作らないよ」
「では取引をしましょう」
彼女から要求された物資は、あまりにも拍子抜け、男所帯の、1人悠々自適な家に、確かにそれは無い物を要求された。




