雪の日
そりゃ、農家さんが悪い。
トイレに閉じ籠ったjkちゃん(仮称)を見て玲子さんは顔をしかめながらそう言った。jkちゃんは、女子高生(jk)だったのだ。
彼女に対する態度のどこがいけなかったかは、自分が良く分かっている。俺は、狂った彼女が、自分も死のうとしているところを呼び止めてしまったのだ。
狂えばどれだけ楽だったろうか。死というのは終わりであることに間違いないのだが、それが苦しみになるか救いになるかはこの人次第。jkちゃんは救いを求めて友達と心中をはかったのだが、ちょっとまてよと俺が止めてしまった。
死ぬ時を逃した人間というのは、哀れだ。俺は、生きてりゃ良いこともあるって思うのだが、それを言っても本人にとっては傷に塩を塗り込むような物だろう。
彼女の友人はもう帰ってこないのだ。
このままだと不味い。一階のトイレは暖房ガンガンの特別仕様のウォシュレット付きなのだ。多分、そうとう出てこないぞと二人で頭を付き合わせて考えた結果、なんか楽しいことをしてそとに誘きだそうということになった。
この日、茨城には雪が降った。
去年の12月はついに一度も雪も見なんだが、今年に入って急に降ってきた。
茨城だと寒いと良く人が死ぬ。なんもないので救急車のサイレンが大体どの辺りで死んだかを教えてくれた。
しかし今、それもないので、真っ暗な夜道を一人寂しく歩くこととなった。我が家には若者が楽しむためのものが何一つなかった。だから調達にいくのだ。
ザアザアと音をたててカッパに吹き付ける雪は、どことなく遠方の雪国を思わせた。
持ってきた手提げ袋になにか元気になるものでも買ってこようか、と考えたのだが、目の前、ここら辺で一個しかない街灯の下に、ぼうっと人影が見えた。
「こんな夜更けに誰だろう……」
その人物は、この雪の夜に傘もささず、震えることもなく立っていた。
何事もないといい。そう、きっと冬の夜長に飽きて散歩をしているのだろう。
俺の中の正常性バイアスは全く生き残ることとは逆のことを考えて、その人物に近づくように仕向けた。
頭ではどう考えてもヤバイというのが分かっているが、不思議と、歩みを止められない。
止まれば、気がつかれると思ったのかもしれない。
そこにいた彼は、焦点がすっかり合わなくなった目を暗闇に溺れさせて、自分の顔を自分で殴っていた。
血が飛び散っている。普通じゃない。
「うううううう~!!!」
彼が、自らの顎を打つ、カツンカツンという音と一緒に、ついてくるのが分かった。まるで、友達を見つけて追いかけるみたいだった。
50メートルほど歩いたくらいだった。ちょうど民家の塀があったのでそれを乗り越えて行こうと思った。
感染者はあまり頭が良くないというのが、ゲームや映画から得た知識にはあったので、彼をまこうとしたのだった。
これがまずかった。
感染した彼は、生きた人間の血肉を貪ることしか考えていない。しかしそれが目の前から一瞬消えた。
パニックだ。
目の前のごちそうが消えたことに気がついた彼は民家の塀の柵を引きちぎった。
「な!?」
まさか。あれはアルミ押し出し材のちゃんとしたやつだぞ!?
それをいとも簡単に。
一瞬振り返った俺を見た顔は笑っているようにも見えた。
手でも出してみろ。簡単に引きちぎられてしまうぞ。
問題は帰り道にもこいつはいるってことだ。
一応迂回路はあるのだが、急斜面を上らなきゃならないし、田んぼを抜けてくるコースになる。この雪のなかを通るのは、命が何個あっても足りない。
ちょっと考えて、帰るときには、いなくなることを願ってみた。




