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血のガーネット

 安全な場所に逃げようと歩いていた。するといきなり黒塗りの高級車が目の前まで乗り付けてきて道を塞いだ。


 自衛隊の敷地内であるため、自衛隊員さんかと思ったが、下がったスモークガラスの向こうには、がらの悪いアンちゃんが座っているではないか。その、雰囲気の悪さは相手の気持ちが理解しにくい俺にもひしひしと伝わる。

 頭をツーブロックに刈り揃え、生まれつきそうだったと思うほど眉間のシワも濃いのだった。


「あー、あのお姉さんの知り合いですか?」


 バイクや徒歩で彼のお仲間が5人もやってきて、ガキィちゃんを抱き上げた。

 高い高いでもしてくれるつもりならいいが、彼女はそれを喜ぶ年齢からは少し成長しすぎているし、非常に嫌がって、火バチでつままれたスズメガの幼虫みたいにブリンブリンと身を捩っていた。


 男は笑って口を開いた。

「受けた暴力は暴力で返さんとなぁ!」

「おお!同じ言語を操る人ではないですか!」


 俺は笑って見せる。でも内心、今すぐ逃げ出したい感じだった。相手は複数人いて俺は殺されるかもしれない。ガキィちゃんが人質にとられているから反撃するときに痛め付けられる可能性がある。戦いの場所に女性を連れてくるからこういうことになるのだ。反省だ。


 なっちゃったものは仕方なく、解決しなければならない。

 人生にはいつも壁が出てきて、それは乗り越えないと自分が奪われる側になるのだ。そんなの嫌だろう。俺が死んでもガキィちゃんは暴行を受ける。俺が戦ってもガキィちゃんは暴行を受けるならば、戦うしかない……のか?


 抜き出したのは刃渡り16センチのサバイバルナイフ、クリップポイントだ。クリップポイントというのは刃先の形状のことで、上側に沿っている形状になる。これは戦闘用のナイフに採用される形状で、肉に刺さったときに内蔵へのダメージを大きくする設計となっている。また、強度を犠牲にしてえぐり混むように形作られた刃は、肉に刺さるときの抵抗をできる限り小さくするような設計だった。日本で合法的に所持できる刃物の中では最も殺傷能力が高い部類だ。


 これを男のみぞおちの少し左を狙って差し込んだ。長さはヒルトまでだ。人間の構造上、ここには肝臓と胆嚢がある。肝臓は血液を溜め込むタンクであり、血液とは人間にとってのガソリンである。


 途端に刃を伝って溢れた血が、その何ともいえない生臭さで辺りを包んだ。赤く、ルビーにも引けをとらない美しさはどの人種、性別にあっても持っているものだ。俺はゴクリと生唾を飲んだ。ある男の一生を、わずかに20歳ばかりの男の命を握っている感触に快楽まで感じる。

 この部位は止血が難しく、止血帯が使えない。専用のコンバットガーゼがあれば対処できる可能性があるが、俺が刺さったままのナイフを使って鍵を開けるみたいにして回すとそれも無理になった。

 脈打つように染み出した血が、彼のボクサーパンツのゴム紐を濡らして赤黒く変色していく様は、何ともいえなかった。俺の色で染め上げていくような背徳感すらあるのだ。彼が、こぼれていく。そして混ざる。


 傷が大きすぎる。すぐに大量の出血を伴う。さらには、一緒に傷ついた横隔膜の影響で呼吸もままならない。


 また、この部位はあばら骨等の防御構造がないために、あまりにも簡単に、ほとんど何の抵抗も感じること無く、作業がたんたんと過ぎた。


 ものの二秒ほどだ。

 彼の仲間が逃げ始めるには、長すぎるほどの時間である。

 背中を向けて逃げたものを優先して、腰の中心付近、少し右側からナイフを差し込んだ。

 ズブリ!

 膝立で崩れ落ちる。

 痛みはない。ただあるのは死だけだ。腎臓を刺した。しばらくすれば眠るように死が訪れるはずである。ここも出血が多い部位だ。


 最後の一人はこちらを見て震えていた。

 

 そのガラス玉のような目に、溢れんばかりに溢れた涙が、ガチガチと恐怖に揺れる歯によってプルプル震えている様が、なぜか美味しそうに感じられて、ほほを伝う涙を舐めとった。


 塩味だ。美味しくない。


「た、たすけて。こんなつもりじゃなかっ……無かったんだ!」

「しーしー。大丈夫。なるべく痛くしないよ」


 三人目は耳の後ろから鎖骨の間までバッサリと切った。最初は血が溢れることの無かった傷口が、ゆっくりと、赤いガーネットのような血溜まりを作り、そしてぱっくりと割れる。


 ピンク色の肉が、鮮血に染められる様は何ともいえない。外の空気に触れ、沈み行く夕日のようにじんわりと色が変わるのだ。美しい。


「君たちの気持ちは良く伝わった。この言語を使用してくれてありがとう」


 最後まで生き残っていたのは肝臓を刺したやつだった。

 体格からして死ぬまであと20分ほどかかる。しかし、傷は縫合できないので一人寂しく死ぬのだ。


 大量に血を失ったことで指の先に氷を押し付けられたように寒さが襲う。それでも生きようとする体はシバリングを行い、不格好なゼンマイ仕掛けのおもちゃのように暴れている。


「君にはあと19分ある。何か言い残すことはありますか?」


 お腹にできた傷から手を入れると、熱い湯に手を入れたように熱かった。ああ、まだ生きたいんだね。可愛いね。頭を撫でてあげよう。


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