ワンヒット
「主人を連れてってもらえませんか? 主人は足が悪くこのままここにいても助かりませんので」
よくまあ、この状況で言えたものだ。逆に言えば、どこの馬の骨とも分からぬものにすがるほど自衛隊を見かぎったか。
「奥さん。悪いですがご主人を連れていくことはできません。我々は同じく避難民です」
「あれだけの物資を持っていて何を言っているの? あれどうしたのよ! おかしいじゃないのよ!」
こういう手合いは面倒くさい。自分が正しいと思ってるし、こちらが何を答えても自分の納得できる答え以外は受け入れないからだ。
こういう手合いをなんと言うのだろうか?ヒステリーだろうか。それともジュッチだろうか。俺の育った地方だとジュッチって言うんだけど、これって地方的なもの?
ま、相手にしない方が無難だろうな。何なんでしょうか、人間には一定数、自分が子供みたいな態度をとっても相手が応じてくれると考えている人がいる。義務教育の敗北か?
「あんたねぇ!聞いてるの!?話してんだけど!!!」
「あ、はい。聞いてます」
「じゃあ何か言いなさいよ!」
顔をクシャってするところなんて子供そっくりだ。あーー。年だけ食ったんだなという感じ。自分もこうならないように丁寧なコミュニケーションを心がけていきたい。
「聞いてるの!?って言ってるの!」
蹴られた。枝みたいに細い足で『黒いエナメルのヒール』を履いていた。
諸君!ヒールである!こいつ、力仕事してないな。全部自衛隊にやらせてたな。
まあ、俺の心情として女子供は殴らない主義であるのでここは見逃そう。そうとも。これはパニックになった結果であって、彼女だって、平時にはOLだったかもしれない。あるいは、経理でパソコンと向き合い、眼精疲労に悩まされていたかもしれない。
俺達はまだ分かりあえるはずだ。
話し合おう。
そう思って口を開いたら平手打ちをされた。
思わず右手でフックを出した。
肉に当たる柔らかい感触。細い顎の固さが次に伝わって、暖かい血の通った肉が、鋼のような拳に衝突する。
まず顎が砕けた。首を機転として脳が揺れ、ブルン!と、それだけだった。
彼女は膝から崩れ落ち、うつむいた口から銀歯をボロボロと落として、血を吐き、突っ伏した。
女は殴らないって言ったじゃないか。
いや、でもこれはこの俺に攻撃してきたのだ。敵は殺す。叩いたら根絶やしにするまで叩く。
それが、戦闘民族としての血を継いだ俺の精神だ。
日曜日にちょっと思い出すくらいはしてやろう。そうだ。殺してしまった方がずっといい。
何で人を殴っておいて、自分は殴られないと思っているんだ?
俺が笑顔で丁寧に接していたからか?
冗談だろう。頼むぜマジで。今そういう時代じゃないから。
農家さんの母方の家系は丸に十字です。




