お茶請けは幸せの味
木目調のシールを貼られたプラスチックの机。
決して座り心地が良いとはいえない椅子と、熱いだけが取り柄みたいなコーヒー。コーヒーの味は分からないが、この世界では贅沢品だなぁ、という感じがする。ちゃんとした木彫りのお茶うけ皿から、お茶菓子をガキィちゃんの前に積み上げてやることが仕事みたいな感じだった。
昔、自分もやって貰ったことを覚えている。やってくれた皆も、もう墓の中だろう。まさか、自分が菓子など積む側になるとは思わなかったな。年はとってみるものだ。こういうのが幸せってやつなのだろう。
幸いにも目の前の偉い自衛官はニコニコ笑っているので怒ってはいないらしい。この人も子供好きか。良いよね、子供は。自分達も大人と呼ばれる種類の人間ではあるが、強いられて大人になった節があるので元気な子供を見ると安心するのかもしれない。自分にできないことをポンと簡単にやってしまうしね。
「今、『農家さん』と名乗っているそうですね」
「あ、はい。どこかでお会いしました?」
俺は残念ながら脳の機能に変なところがあって、人の名前が覚えられない。顔と名前が一致しないことなどしょっちゅうだ。
ボルトの下穴サイズは暗記済みで、すぐ出るので興味の違いだと思うのだが、目上の人から会ったことがあると言われると申し訳なくなる。
「なんで、農家をやっておられるんですか? 貴方なら就職には困らないでしょうに」
「……あ、多分人違いです。私の顔は平均的なのでどこにでもいるのです。どこにでもいないですし、ね。この前初めて会った人に弟に似ているって言われました」
「それでは、……昔、船の設計に携わったりしました?」
「はて」
「その船は日本で初めて作られたイージスと名の付くそれ。関わった設計者の中でまとめ役だった人物のリストを、我々は、まだ持っています。」
偉い人が、笑ってない。階級章からして、作戦参謀というところだろうか。頭が切れる連中である。頭のエッジで領収書が切れる位。このての人物は、一目見ただけで名簿の人名を全部暗記する。授業を一回で覚えてしまうし、テスト勉強というのをほとんどしたことがない。その頭を買われて人間相手に本物の戦争をして勝つために作戦を考えることを仕事とする。笑え。今、笑わないと冗談にならないでしょうが。有り体にいえば、嘘など簡単に見抜くぞ、と無言で言っているのだ。あの笑顔の下に隠されたものを見よ。この人はそれが仕事なのだ。隠せないな。
「一農家として当ててみましょう。そのリストのトップに名を連ねる人物は、ある日、忽然と会社をやめた。それどころか社会との繋がりをたって、車検とジムの入会記録しか残っていない。」
「……マジか!!あの仕事人がこの駐屯地に来た!」
「まあ、違うんですが」
今度は打って変わってニヤニヤと綻ばせた笑顔を見せてくる。
従卒とみられる隊員が呼ばれ、嬉しそうに話している。コーヒーのおかわりも勝手に頼まれた。
「我々はこれから救われる。とんでもない人物がこの駐屯地いる!乗ってきたあのトラックのタイヤの沈み込みをみろ!あれ何を積んでます? とんでもないものを持っているでしょう!」
呼ばれてきた自衛官さんも唖然。
俺だって唖然としている。
「さあ、貴方はこれから何をなされるんですか? 簡単なことでしょうね。貴方には大砲も戦車も、核爆弾だって子供のおもちゃみたいなものだ!アハハハ!そりゃ生き残ってますよね!」
沈黙が流れる。俺はこういう時間好きだ。中には沈黙が続くのが嫌だって人もいるけれど、それは沈黙の力を知らないからだ。こんな中でもバクバクとおやつを食べるガキィちゃんの頭をポンポンとすると、めんどくさそうに手を払われてちょっとショックだ。ちょっと本物の親子っぽい。いいぞ~。
「日本の防衛を担う一翼が、ここにいる。ああ、良かった。救われる!」
お菓子食べよう。ゼラチンを固めた宝石みたいな塊を食べたらガキィちゃんに食べかけを奪われる。自分の分があるでしょうが!
人が食べてるものが美味しそうに見えるのは、なんか兄弟みたいだなって思う。
その時、地に響くようなサイレンが聞こえて部屋のドアが開かれた。
息の上がった自衛隊員さん。上着がこの寒い中だというのに汗で真っ黒だ。
「東門、4番です!応援願います!」
4番ってなんだ? なんだか分からないが、なんか不味いことになっているのだろう。壁の向こうから硬い半長靴の音とガチャガチャいう金属の擦れる音。
平和が崩れる音。
もうすぐ、死ぬかもしれない音。
誰かを守らなくちゃいけない音。
寒さが骨まで噛みついてくるみたいだった。温暖化はどこに行ったんだろう?




