砂漠の中の水一滴
「じゃあ、理由と言うのを聞かせてもらおうか」
89式のマガジンがストッパーに引っ掛かってガチャリと音を立てた。汗と土と泥とで真っ黒になった迷彩服、傷だらけで銀色に光った小銃がギラリと光る。
建物の屋上では土嚢積みの簡易トーチカから、軽機関銃の銃口まで覗く次第だ。
民間人とおぼしき浮浪者はニタニタと腐ったような臭いのしそうな笑顔を張り付けてことの成り行きを見ている。
良い具合だった。
避難民からすれば、自分と同じ境遇の人間が殺されたばかり、彼らは薄情なことに仲間の遺体を引き取ることもしなかった。利用できない人間は意味がないとでも思っているのだろう。大変人道的な事だ。感心しちゃうぜ。
俺のしたことと言えば、その真ん前に両手を広げて演劇の役者みたいに胸を張って出ていっただけだ。
最初のカードを切る。大事なのは自分がどういう人間かではなくて、相手からどう見られるのか、だ。
「この国では正当防衛という制度がありますが、これはまさにそのような状況かと思います」
随分と下手な嘘だった。殺す気で俺は殺したし、清々したし、その上で、正当防衛など。
「我々は被害者です。車の窓ガラスを見てください。石を投げられて割られたのです。勿論、学のある方ならばご存知でしょうが、戦国時代より人々の命を奪ってきたのは銃でも刀でもなく、投石です。そればかりか、『殺すぞ!』との恫喝も受けています。私の考えが正しければ、命を先に狙われたのはこちらです!」無論正しいのだが。
「……信ずる証拠は!」
「そこにいる皆さんがどのような状況だったのかご説明できるでしょう。なんなら、入り口にある監視カメラを見ていただければ身の潔白は証明されるかと」
自衛隊は銃を下ろした。話のできる冷静な相手だと判断したようだ。なんと、なんと素晴らしき軍隊か。笑顔で手を振ろう。にっこり笑って。
「どういったご用件でしょうか」
「我々は緊急用物資を運搬中です。できればご協力いただけますか?」二枚目のカードだ。役が揃いつつある。
「何を運んでる?」
「食料を」
このカードは命でできている。それはつまり、砂漠で金塊よりも、水がなみなみと注がれた水筒の方が価値があるように、この状況では喉から手が出る。
自衛隊員の目が変わった。飢え。乾き。ああ、手に取るように分かる。俺達は人間で、どうしようもなく腹が減るのだった。腹が減るのはひもじいな。そこにある、というのがあまりにも口惜しく、彼らは我慢ができない。ごくり、と生唾を飲んだ。
避難民の受け入れなんて、ただ飯喰らいが増えるだけだ。当然自衛隊は自分の分を減らして民間人に食わせているだろう。補給も来ていない状況で。当然配給量は絞って倉庫の中だ。あと1合あれば子供に腹一杯食わせられるのに。あと2合あれば乳のでなくなった母親の胸を張らせることもできるだろうに。
さあ、その言葉を口にしてくれ。さあ!さあ!!
悪魔だねぇ。なんとでも言うが良いさ。このカードは強すぎた。
自衛隊の良いところは、責任の所在を気にする所だった。この状態でもそれは変わらず、上の人が呼び出される度に襟に付けた階級章がどんどん大きくなり、最終的に星になって、師団長閣下直々の『お願い』によって恭しく基地中に通されることとなった。俺としても面識が持てたのがデカイ。
なんと、自衛隊員さん達の誘導付きである。荷物検査もなしに!ゲートを通されていた。もう、後がないのがまるっきり分かる感じ。
先に入っていた避難民の呆れ顔と、ハンカチでも噛みそうな嫉妬は目に見えて良かった。彼らは全裸で検査を受けただろうが、俺達はそれがなかった。
炎天下、長く待たされるアトラクションへファストパス組がさっさと入っていくのを見るような気分だろう。
いや~気分良いっすねぇ。こういう感じなのか。初めて体験したので、こういうものとは知らなかった。
だんごむしくんもこれにはにっこり。
運転席のドアまで開けてくれる厚待遇であったので、そっと自衛隊の胸ポケットにチョコレートを捩じ込んだ。
賄賂、という訳じゃない。彼らの生活がどのようなものなのか知るための行動だ。
「こういうのはいただけません。便宜をはかったと思われますから」
「こう考えてください。私が間違えて落としてしまったものが、『偶々』ポケットに入ってしまったのだと。貴方には家族はいらっしゃいませんか? あるいは疲弊した戦友はおりませんか? これはほんの気持ちなのです」
「……ありがとう」
まだ彼らには断る勇気があった。そして、受けとる勇気もあった。
涙ぐんだ自衛隊員を見て、だんごむし君がギョッとしながら車を降りた。
「なんで泣いてたんスかね」
「なんでだろうね」
「チョコレートよりガムの方が良かったんスかね」
この年、自衛隊員の4人に1人が栄養失調と、それに伴う免疫低下によって感染症で亡くなっている。そういう時代だった。




