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種火

 皮貼りの運転席に身を沈めるようにして、これから行うことへの覚悟を決めて道化師のように笑顔を作った。仮面。人と話すための仮面。

 俺にとって笑顔とは他人を安心させるための材料であって、人間関係を柔軟にさせるためのグリースのようなものだ。それが無くても動くが、失われると極端にぎこちなくなり、やがては発熱し、焼き付く。


 俺は、羊の群に入り込んだ狼に近い。このような世界情勢だと元からいる人々は団結してその輪を乱す人間を排除するように動くだろう。何故ならば彼らはそのままで上手くやって来たからだ。自分が都合良く誰かを踏みしめて生きているその好条件を他の人に取られたくないと考えるのは世の中では普通らしい。どういうわけか彼らは、皆が納得できる回答というものを探そうともせずに、自分の保身だけを考えるように生きるのだった。そのようにして親から教育され、その親もそのようにして生きてきたのだろう。最悪なことだ。腐っている。障害とは目に見える物よりも見えないものの方が重いのだ。彼らは精神障害を持っているが、自覚がなく、他人を傷つけても平気でいる。そればかりか、誰かを虐めることで自分のストレスを発散する糸口にするのだ。そういう人間達とこれから会うと思うと胸が苦しかった。息が詰まる。

 こういうとき俺は決まって愛されるバカを演じる。その方が彼らは自分の立場が危うくなることを考えなくてすむからだ。多くの人間が避難している自衛隊を前にしてもう30分も手を揉んでいるのはそのような理由があった。


普段は羊の皮を被っているが、時おり、鼻の良い羊にかぎ分けられて本性が露呈する。それが危ない。大抵は俺を苛めの対象とするが、俺がそのままやり返すと、彼らは急に被害者の顔をする。さらには、自分がやったことの仕返しであるのにもっと大きくやり返してくるのだ。バカなのだ。今までそう生きてきたのだろう。人を殴ったこともない、殴られたこともない人間はこそういう行動をする。自分だけは大丈夫だ、と。そんなはずないではないか。リングに上がるボクサーが殴られない保証があるのか?あるわけがない。


 窓を開けると酷く胸に刺さるような冷風が吹き込んできた。吐いた息が白く凍りつくようなほど寒い。横に座っただんごむし君が非難するような顔をする。そんな中でも俺は、顔に笑顔を浮かべていた。


 ストレスである。知らない人を殴ることよりも知らない人と話す方が、よほど、ストレスだった。


 体つきで詮索されるのが嫌なので、ダウンのジャンパーを着て、トラックの窓から顔を出すと自衛隊の門から薄汚れたパーカーを着て、剥げたオヤジが何事か文句を言ってきた。


 だんごむし君が怯える。あれは良くない。だんごむしが肩を縮めるのを良いことに、剥げオヤジは助長した。罵詈雑言を並べ立て、足元の石を拾い上げて投石。フロントガラスに当たった石は小さな傷をつけてしまった。運転席の方に回ってくる。上ってこようとタイヤに足をかけた。

俺の体から汗がぶわりと吹き出す。心拍が上がって全身の筋肉に新鮮な血液が送られる感覚がする。俺は地上高2メートル近い運転席から身を投げ、ちょうど飛び蹴りの要領で剥げオヤジの頭頂部にわずかに残った毛髪を足裏にとらえた。同時に皮膚のブニブニした柔らかさとその奥の頭蓋骨の固さを感じ、ついで首の骨のずれ動く感触を感じながら男を地面に押し倒した。


 俺の体重は100キロある。さらに2メートルくらいの高さから飛び下りた。頭の上から100キロの重りが落ちてきて、地硬い地面にキスをする。それがどういうことかは彼が教えてくれるそうだ。当然足とアスファルトに挟まれた頭はヒビが入った。わずかに傷の入った骸骨はそこから一瞬のうちにひしゃげて柔らかな中身をぶちまけた。


「ギャー!!!!」

 剥げオヤジの取り巻きが怯えていたので肩を組んで優しく微笑みかける。


「さあ自衛隊員さんを呼んできてください。間違えちゃダメです。警察ではなく自衛隊員さんです。分かりましたか?」

「……ハイ」

「じゃあ、行った!」


「農家さん、いいんすか?それ死んでないすか?」

「ダンゴムシくん、大富豪ってゲームを知ってるかな?大富豪では同じ数字を4枚出すと革命が起こり、大貧民が最強になる。まあ、任せておきなさい。カードは既に我々の手の中にある。さあ、にっこり笑って。君は顔が良いんだから笑ってた方が可愛いよ」


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