第8節【月瞳の悪魔・ラサ】
金管楽器のような声音でハミングするリラが、月明かりに照らされて、とても綺麗に見えた。
その場にいる全員が、呼吸も忘れてリラに魅入っていた。
「定めなんて クソ喰らえ。世界の命運 人任せ? そんなやつらに 救いは要らねぇ わたしは 一体 誰が救うの?」
意外にも、リラがラガを始めた。それ以上に驚きなのは、その内容だった。
ラサとは対称的な、自分に正直な歌詞だった。
聖女としては、最低な部類なのかもしれないが、俺がラサに抱いていた想いが重なった。
「偽善は要らねぇ 男も知らねぇ 二十歳のガキに 救いなんて 求めんなッ!」
その場にいる全員が、驚いたような表情をしている。
「面喰らってる そこのおめぇら わたしの気持ちを 聞きやがれッ!」
月瞳を持つものは、二十歳の誕生日を迎えると呪いが発動して死に至る。
だがその命と引き換えに、世界を救うとされている。
だから皆は、彼女を聖女と崇めて、身勝手な『救い』を押し付けてきたのだろう。ラサはそれを見て、おのれの肌で感じても尚、聖女で在り続けていた。
そして、今日がラサの誕生日だった。俺は悔しさと、おのれの不甲斐なさに歯嚙みした。
「わたしは死にたくなんてない。世界の救済なんて、どうだって良い。聖女の責務なんて、まっぴらごめん。だって、恋もしたことないんだよ?」
揺れるリディムに乗せて、リラは本心を歌い続ける。
「わたしのなかには、悪魔が住みついてる。夜になると、奴が目覚める。だから、お前ら覚悟しとけッ!」
歌い終わると、とたんに彼女は光に包まれた。
眩いばかりの光に一瞬、目が眩んだ。そして視界が回復して、俺は驚愕の波に飲み込まれた。
そこに居たのは、リラではなくラサだった。
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「ラサッ!」
気付けば俺は、ラサに駆け寄っていた。
「無事だったんだな。良かった!」
本当に良かった。
リラとラサの関係性が、どういうもので在ろうが。ラサが悪魔や聖女で在ろうが、俺には関係がなかった。
正直なところは、頭のなかはめちゃくちゃパニクってはいるが、そんなことはどうだって良い。ラサが生きてくれていて、こうやって再び出逢えただけでいまは充分だった。
「あなたは、誰ですか?」
「――え?」
不審なものを見るような目で、こちらを窺うラサからは、確かな面影があった。
人違いなどでは、決してないはずだ。
「俺のことを、憶えてないのか?」
「ごめんなさい。わたしには、記憶が無いんです」
目を伏せるラサの表情が、哀しそうに――寂しそうに揺らめいた。
「……なぁ。とりあえず、飯にしねぇか?」
黙ってなりゆきを見守っていたハンが、そう提案してくる。
ガゼルは腕組みしながら、何やら黙考している。
「みんなで火ぃ囲んで、飯でも食って。笑って語り合おうぜ。なぁ。それが、一番だと思わねぇか?」
確かに、そうだ。
募る想いは在ったが、全員が困惑のなかにいるんだ。
まずは一旦、落ち着こう。
「よう、おめぇらッ!」
ガゼルが突然、叫び出す。
「宴の時間だッ!」