第6節【聖女リラ】
砂の暗幕が、聖女のシルエットを包み隠していた。
大きく振りかぶった大剣・ベルセルクから、鈍い衝撃が伝わる。トカゲの悪魔の胴体が、腹から裂けて真っ二つになる。後方でハンが悪魔のもとに飛び込んでいるのが、気配で理解った。その両の手には、おそらくナイフが握られているだろう。
「へい、ベイビー!」
ガゼルの叫び声。
見ると巨大な炎の塊が、悪魔に向かって飛来している。
ガゼルは強いが、加減を知らない。だから気をつけないと、巻き添えをくらってしまう。俺は一目散に、聖女のもとに駆け抜けていった。
ハンとガゼルが、悪魔を倒してくれるはずだ。
――光をくれ。
鼓膜を震わせる歌が、心を揺さぶる。
その澄んだ歌声は、聖女のものであった。
だけど、その声はラサのものではなかった。
頭の中を、大きな疑問が渦をまいていく。聖女の正体が、解らずに心が焦燥に駆られている。ラサだと思ったのに、そこに居るのはラサではなかった。
――光をくれ。
聖女のラガが、光の帯となって悪魔を縛りあげていく。自由を奪われた悪魔たちが、ハンとガゼルに次々と討たれていく。
次第に砂の暗幕が晴れて、聖女の姿が浮かび上がってくる。
「助けていただき、ありがとうございます。私の名は、リラと申します」
甲高いその声は、ラサとはほど遠いものだった。
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すでに聖女ラサの護衛は、全滅してしまっていた。
悪魔の群れも、こちらで殲滅させた。
残された彼女を一旦、保護することにした。
「私のなかには、悪魔が居ます」
そういったリラの瞳には、ラサと同じ月瞳が浮かび上がっていた。
「そのせいで、悪魔を呼び寄せてしまいます」
哀しそうに眼を伏せるリラからは、聖女の面影は感じられなかった。自分の識る聖女のイメージ――といっても、ラサの印象であるが――とは、まったくかけ離れている。
「悪魔を祓うためにも、世界を救うためにも、私はザイオンに向かわなければ為りません」
自分の良くしるその場所は、コザの街の外れにあった。
これも何かの因果なのかも、しれなかった。
「お願いです。私をザイオンまで、連れていってくれませんか?」
確かに悪魔に狙われるなかを、護衛もつけずに向かうのは無謀であった。
――だが。
「悪いが、協力はできねぇ」
ガゼルの言葉は、決して無情などではない。
「俺たちは只の盗賊団だが、目的がある。だから、教会のある大きな街までしか、送り届ける事はできない」
「それで、充分です。ありがとうございます!」
リラの表情が、とたんに晴れやかになった。
「まずは、俺たちの拠点に案内してやる。詳しい話は、それからにしようか?」
すでに日は、傾いていた。