第4節【聖女ラサ】
――六年前。
リデルが言っていた事を、心の中で反芻していた。
「月瞳を持つ者は、悪魔に狙われる」
なぜかその言葉に、心が無性にざわついていた。どうしようもない焦燥感に、駆られていた事をいまも尚、憶えている。
ラサは普段、とても大人しい少女のように思われた。
物静かで、それでいて知的な印象をおぼえさせた。実際、人々と接する時に、大きな声を上げたり粗雑な口を聞いたことは一度たりとも見たことがなかった。
聖女の名にそぐわない行動や言動は、けっしてとることはなかった。
けれどリデルや自分の前では、地を出すことが多かった。
「ラスタさんのフローは、ぶれぶれなんですよ。毎回、違う印象で面白いんですけど、つまんない時はとことんつまんない。一貫性が、ない。信念が、無いんですか?」
決して馬鹿にしている訳ではないのだが、ラサは楽しそうに語っている。いたずらを企む子供のような笑みを貼りつけるラサの表情からは、聖女としての神々しさが一切、感じられなかった。
普段の聖女としての仮面を外した素顔は、どこにでもいるような普通の女の子と、何も変わらないのかもしれない。
十四歳の少女には、あまりにも過酷な定めがのしかかっている。悪魔につけ狙われて、命のタイムリミットを負わされている。
その上で周囲からは、聖女としての責務を押し付けられている。
――余りにも、あんまりだ。
重圧で押し潰されていても、けっしておかしくはなかった。
どれほどの感情を、ラサは押し殺して生きてきたんだろうか。
ラサの為に、俺は命を捧げるつもりでいた。
どんな苦難も、どれほどの試練も、決して苦ではなかった。けれど現実に襲いかかったのは、残酷なものであった。
●
――五年前。
それは唐突に、訪れた。
砂漠のなかにある一粒の砂ほどの希望が、嘲笑う運命という名の悪魔に奪われた。
俺とラサの目の前で、リデルは死んだ。
悪魔の凶刃がリデルの胸を貫く光景を、脳裏の奥の奥のおくに――焼きついている怒りや悲しみや後悔を、俺はけっして忘れることはないだろう。どうしようもないほどの絶望が、俺達を蝕んでいくのが理解った。
ラサの心中を察する余裕も、この時の俺にはなかったんだ。腹立たしいことに俺は、足がすくみうろたえる事しかできないでいた。
――何も、出来ないでいたんだ。
だから、ラサの変化にも気づいてやれやしなかった。気付けたとしても、何もしてやれなかっただろうけど――少なくとも、当時の俺には――ラサを救いたかった。
ラサを守護りたかった。
無力な自分が、腹立たしかった。
どうしようもなく、情けなかった。
やり場のない怒りが、心を苛んでいた。
ラサの瞳に宿る月瞳が、深淵に縁どられて往くのだけは解った。それが何を意味するのかは、解らなかった。
大きな光が、ラサを中心に弾けていた。
その直後に訪れた砂嵐が、全てを掻き廻した。
気付けば、ラサの姿を見失っていた。
リデルの忘れ形見の大剣・ベルセルクだけがそこには残されていた。