第8節【Don dadaにDead!】
深く深呼吸をすると、わたしはハミングを始めていた。
急速に周囲の熱が、冷めていくのが理解った。争いが起きようとしていたのに、いまは皆がわたしを見ている。
かつて一人の聖女が、歌で大きな争いを収めたという伝承を聞いたことがある。その話を知った時、わたしも彼女のように歌で奇跡を起こしてみたいと、感動したことを今でも覚えている。
だからわたしも今、歌に想いを乗せて歌うんだ。
歌はわたしを、違う自分に変えてくれる。音楽はいつだって、わたしを裏切らないんだ。
「揺り籠のなかに愛を注ごう」
それは《聖女の揺り籠》と呼ばれる曲だ。
聖女が争いを鎮めた際に歌ったと言われる子守歌であったが、わたしはこの曲でDUBをする。
「祝福された愛を注ごう」
ロインが一人の少女に、目で合図を送っているのが解った。
みすぼらし身形をした少女が、蓄音骨を取り出すと、ラガのリディムが流れてきた。どうやら少女は、演奏者のようだ。流れるリディムは、聴いたことのないものであった。
単に知らないだけかもしれないが、少女のオリジナルの音かもしれない。
どちらにしても、わたし好みのリディムだ。
「Love inna dead 愛に包まれた死をあげる」
少女のリディムに乗って、わたしの想いを乗せる。
ロインに対する怒りを、この曲に乗せてやるんだ。
「Love inna dead 死に抱かれて眠れ」
ロインにわざとらしく笑顔を向けると、わたしに釘付けになっていた。
――わたしからもう、目を背けられないでしょう?
わたしの歌声を聴いたら、誰も逃れられないんだ。
魅入られて、夢中になって、死ねばいい。
音楽の弾丸で、蜂の巣になって死ねば良いんだ。
「Gi yu de dead,Don dada de dead,Babylonに堕ちた Don dadaにGUN!」
ゴンフィンガーを、ロインに向けて――交戦的に、笑ってやった。
「揺り籠のなかで 安らかに眠れ」
いつのまにか、ロインもつられて笑っている。
その胸のうちまでは、解らないけど――もう、わたしに夢中でしょう?
「愛のなかで 永遠に眠れ Love inna dead,Don dadaにDead!」
歌い終わると、ロインが険しい表情で睨みつけてきた。
鋭い眼光のおくには、何を宿しているんだろう。気付けばわたしは、そんなことを考えていた。もしかしたら、殺されるかもしれないのに――わたしはなぜだか、まったく違うところに意識がいっていた。
ロインという人間に、興味を抱いていたのかもしれない。
懐から銃を取りだすロインを見ても、何の恐怖も生まれなかった。
力で全てを、ねじ伏せて来たんだろうな。本当にこの人は、哀しい人なんだ。きっとロインは、誰かを本気で愛したことがないんだろうな。
なぜだか知らないが、そう思った。
「随分と、肝が据わってんじゃねぇか?」
そんな陳腐な言葉と共に、笑みを浮かべている。
――刹那。銃声が三度、鳴り響いていた。
「見事だ!」
どうやら、気に入られたようだ。
【用語説明】
Don dada:ドンダダ
一番、偉い人。ボス。
今回はロインを指す。




