第11節【聖女の揺り籠】
「揺り籠のなかに愛を注ごう」
それは《聖女の揺り籠》と呼ばれる曲だった。
過去に聖女が、歌ったと言われる子守歌である。ラガではなかったが、ロインを含めた皆が聴き入っている。
「祝福された愛を注ごう」
ロインが一人の少女に、目で合図を送っていた。
みすぼらし身なりからして、奴隷の身分であるのが解った。少女が蓄音骨を取り出すと、ラガのリディムが流れてきた。どうやら少女は、演奏者のようだ。流れるリディムは、聴いたことのないものであった。
単に知らないだけかもしれないが、少女のオリジナルの音かもしれない。
「Love inna dead 愛に包まれた死をあげる」
歌詞が突然、違うものに変わった。
それは紛れもなく、ラガの領域である。
――そう。それは《聖女の揺り籠》のDUBであった。
「Love inna dead 死に抱かれて眠れ」
楽しそうに笑うリラに、ロインは既に釘付けになっている。
魅入られて、目を背けられなくなっている。
「Gi yu de dead,Don dada de dead,Babylonに堕ちた Don dadaにGUN!」
ゴンフィンガーを、ロインに向けて――リラは交戦的に、笑った。
「揺り籠のなかで 安らかに眠れ」
ロインもつられて、笑っていた。
その心中は、解らない。
「愛のなかで 永遠に眠れ Love inna dead,Don dadaにDead!」
リラを睨みつけるロインが、懐から銃を取りだした。
――刹那、緊張が走った。俺が動こうとすると、リラは手で制した。
「随分と、肝が据わってんじゃねぇか?」
ロインが薄氷の如く嗤うと、三つの銃声が鳴り響いた。
天に向かって、三つの弾丸が飛んでいく。
「見事だ!」
そういうと突然、ロインが跪いた。
「先程のご無礼をどうか、お許しください。聖女さまを大切な客人として、丁重に向かい入れたく存じます」
急に改まるロインの本意までは解らないが、彼なりの最上級の敬意である。
横暴なロインが人前で跪いて、敬語を話すなんて、普通に有り得ねぇことだ。裏があるのか、本当に気に入られたのか――と、その時だった。
視界を大きな影が、横切っていった。
「――リラッ!」
俺の叫び声と、リラの悲鳴が交差していた。
大きな猫が、リラを咥えてさっていった。
必死で走るが、追い付かない。
「リラぁッ……糞がッ!」
視界から、巨大猫の姿が消えた。




