第5節【ラスタの過去】
曾て俺には、二人の幼馴染がいた。
一人はアスクレピオスだ。身寄りのない俺達は、兄弟のように育った。
もう一人は、アイリという名の女の子だ。子供の頃から、三人で協力し合いながら生きてきた。
やがて大人になるに連れて、俺はアイリに惹かれていったんだ。ずっと一緒に居たから、初めの内は自分の感情に戸惑いもした。だけど気持ちを打ち明けた時、アイリも同じ気持ちだと知って、心の底から嬉しかった。
最初の内は、俺達は上手くやれていたと思う。二人の関係が、何処で崩れたのかは解らない。
在る雨の夜。アイリとアスクレピオスの情事を見てから、俺達の関係は劣悪なものとなったんだ。そして俺は、アスクレピオスの裏切りで生死の境を彷徨うことになる。そんななかで、ラサに出逢った。
――アスクレピオスだけは、絶対に赦せなかった。
気付けば封印していた筈の魔力を、怒りに任せて開放していた。リデルが死にざまに、俺に託した力を行使おうとしているのだ。
今の俺だと、この力を扱えるのは十秒ほどしかない。それ以上を超えると、自身の魔力に耐え切れずに灰になってしまう。
「お前だけは、絶対に赦せねぇッ!」
アイリの哀しそうな顔が、脳裏を掠めている。
「ラスタ、落ち着いて下さい!」
ラサの声が聞こえてきたが、力を振るうことを止めれなかった。怒りが、そうさせたんだ。
アスクレピオスが同じように、湾刀を振るっている。手に伝わる鈍い衝撃が、アスクレピオスの実力を教えてくれている。
何故、これほどの力を有しているのかは解らないが、ここで止めなければいけない気がした。
「聖女の力は、お前には過ぎた物だ。アイリの時みたいに、俺が貰ってやるよッ!」
安い挑発であった。
安い挑発であったが、既に俺の怒りはピークに達していた。だから、冷静な判断が出来ていなかったんだ。
「それ以上は駄目。その力はこれ以上、使わないで下さい!」
俺とアスクレピオスの間に割って入るラサの瞳に、月瞳が浮かび上がっていた。
膨大な魔力が膨れ上がるのを、拙いながらも感じていた。
砂嵐でラサを見失った五年前の後悔が、胸裏を不安と共に埋めていくのが解った。もうこれ以上、過ちを繰り返したくはなかった。
――後、三秒。
炎を剣先に集中させて、僅かな間隙に向かって振り翳す。
アスクレピオスの腹を裂いて、炎がうなりを上げていた。




