第八節【感情】
私の意識は時折、深い眠りの底に墜ちる。
エミリア達とのセッションの後、記憶が途切れてしまっている。気付けば、リラの歌声が聴こえてきていた。
「定めなんて クソ喰らえ。世界の命運 人任せ? そんなやつらに 救いは要らねぇ わたしは 一体 誰が救うの?」
それは、悲痛な叫びのようにも聞こえた。
誰も彼もが、私たちを聖女として扱ってきた。
誰も彼もが、リラに救いを求めていた。
だからこそ――だからなのか、リラはずっと苦しんできた。
だからこそ――だからなのか、リラはずっと歌い続けていた。
「偽善は要らねぇ 男も知らねぇ 二十歳のガキに 救いなんて 求めんなッ!」
どうやら既に、巡礼の旅は始まっているようだった。
見知らぬ場所で、見知らぬ人たちに囲まれるようにして、リラは己の内側をさらけ出している。歌詞に籠められた想いは、紛れもなくリラの本心だと思う。
――マジで、ふざけんな。
その場にいる全員が、驚いたような表情をしている。
「面喰らってる そこのおめぇら わたしの気持ちを 聞きやがれッ!」
リラの感情が、私の内側へと流れてくる。
月瞳を持つものは、二十歳の誕生日を迎えると呪いが発動して死に至る。
だがその命と引き換えに、世界を救うとされている。
だから皆は、わたしを――わたしたちを、聖女と崇めて、身勝手な『救い』を押し付けてくる。ラサはそれを見て、おのれの肌で感じても尚、聖女で在り続けていた。
悪魔のくせに、マジでふざけんな。
なんで――わたしなんかよりも、聖女してるんだよ――なんで、わたしじゃなくて、ラサなんだよ。
その感情は、私への嫉妬であった。
痛いほどに突き刺さすリラの感情が、私の心を動揺させていた。
――不意に。
視界に移る人影に、心拍が跳ね上がる。
そこには、彼の姿が在った。
実際には、記憶の奥そこにいる彼かどうかは解らない。だけど――懐かしいような感情が、私の心を優しく撫でつけている。
既に日は、沈んでいる。もう、私の時間だ。
彼に、逢いたかった。
ちゃんと顔を見て、声が聞きたかった。何も憶えていないし、名前すらも解らなかったが、この感情と――彼と向き合いたかった。どうしうようもなく、私は彼を求めている。どうしてだろう――それが何故なのか、知りたかった。
私はラサ。
聖女も悪魔も、関係ない。
彼に、私を知って欲しかった。
私は彼を、知りたいのだ。
そう、私は……
――まだ歌は終わっていない。だから、まだ黙っとけ。わたしの歌が終わるまで、どっか行っとけ。
リラの感情が、私を抑え付けている。その想いは、私の内側にある感情と同じように強かった。
今日が、私とリラの誕生日だった。
「わたしは死にたくなんてない。世界の救済なんて、どうだって良い。聖女の責務なんて、まっぴらごめん。だって、恋もしたことないんだよ?」
揺れるリディムに乗せて、言葉に乗せて、リラの魂は炎のように揺らめいている。
「わたしのなかには、悪魔が住みついてる。夜になると、奴が目覚める。だから、お前ら覚悟しとけッ!」
歌が終わるのと同時に、眩い光が私たちを繋いでいた。




