第7節【Selecter】
「ヤーマン、ラサ。相変わらず、ぶっ飛んでるね!」
私の出現によって呆気に取られている一同のなかで、一人の少年だけが人懐っこい笑みを貼り付けて声をかけてきた。
セレクターである彼は、ニケという名前だった。貧民街の住人だから、私のことを知っているのだ。
「Yah man!」
ニケと拳を重ねて、私は笑顔を返す。
セレクターとは、音楽を掛ける人間を指す。彼らは独自のサウンドシステムを持っている。
蓄音骨と呼ばれる特殊な加工がされた骨を読み取って、様々なリディムをセレクターはプレイをする。音源をどれだけ持っているかが、セレクター達のステイタスに繋がっていた。だからなかには、何の曲をかけているのかを絶対に教えない者もいる。
私が知る限りでは、ニケの持っている音源は30以上あるが、実際のところどれだけ所有しているかは解らない。ただ一つだけ言えることは、ニケの実力は半端ねぇってことだけだ。
盛り上げ上手なソンマン。
それが、ニケだ。
「Wake up,Run the tune!」
私の呼びかけと共に、ニケがスレンテンなリディムをかける。
「budy bye budy bye Bible bye-bye 音の麻薬を吸い込みな」
呆気に取られる一同のなかで、エミリアが身体を揺らし始めていた。
「悪魔が跨る このRiddim 身体を揺らしてHighになる」
ニケが所々、カットを入れている。
カットとは、音を切ったり弱めたりする手法のことで、セレクターの力量で場が盛り上がるかどうか左右される。
「East and Westを股にかけ 心を躍らせ灰になる」
ニケが急激にリディムを早めてきた。
「budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye 聖書なんかじゃ救われない」
それに合わせるように、私も早口に歌う。
「救われないから 歌うんだ」
エミリアが入ってきた。
「budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye」
身体を揺らして、早口に歌い出すエミリア。
「budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye」
更に加速するテンポのなかで、エミリアが笑った。
「budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye」
私とエミリアの歌声が、重なり更にリディムは加速する。
「budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye budy bye budy bye Bible bye-bye」
私も笑顔を返して、最後を閉める。
「心を躍らせ灰になる」
気付けば全員が、ゴンフィンガーを掲げていた。
「POW POW POW!」
叫ぶ彼らは皆、一様に笑顔であった。
見事にボスっている。
「Pull Up!」
誰かの叫びに応えるようにして、ニケがリディムを掛けていた。
【用語説明】
『Pull Up』
もう一度、同じ曲を掛けてという意味です。
『BOSS』
場が盛り上がることを指す言葉。
例:今日のラバダブ、めっちゃボスったね。
みたいな感じです。




