第3節【Mind inna ruffin】
今宵は、月が綺麗だった。
だからは私は、五日ぶりに外に出ていた。冷たい夜風が、肌に触れては通り過ぎていく。秘めやかに過る過去が、次第に凍りついていく。
私が誰なのか、自分でも解らない。
宿主は聖女。
私は悪魔。
だけど、記憶がない。
私――という名の意思が、どういう物なのか。その存在意義が解らない。
だから、私は歌うのだ。
心を籠めて、歌うんだ。
「Mind inna ruffin 私はruffin Mind inna ruffin do the raggamuffin 私は誰? どうでもいい けど それじゃ駄目 だからいま raggaに乗せ 心籠めて 歌うの don't it そうじゃない そうじゃない」
音に乗せて、心を歌う。
そうすれば、何かが見えてくる気がしたんだ。
「悪魔は歌う Pon di mind 悪魔は笑う 私はruffin 私はruffin 私は――誰?」
けれど、何も見えてこないんだ。
だから、笑うしかないよね。
笑う角には福来るって言うし――私は過度に、悲観したりなんてしないし――リラとも違って、恋なんて興味もない。
記憶と意識の奥そこに出てくる彼は、少しばかりは気になるけど――それでも、恋ではない。
「恋じゃない 恋じゃない Mind inna ruffin 気にはなる」
そのフレーズを歌って、何だかおかしくなった。
気付けば私は、腹を抱えて笑っていた。ツボに入っていた。
だって、余りにも滑稽すぎるんだもん。
恋に興味ないとか言って、めちゃくちゃ気になってるんだ。
彼の――ラスタの顔も解らないのに、恋をしてる?
バカみたいで、笑える。
もうすぐ、死ぬのに――別に悲観的になってる訳じゃない。絶望しているわけでもない。
単に、私が醒めてるだけ。
――と、不意に。
大きな魔力を感知して、私は立ち止った。
私に宿る月瞳には、大きな力がある。
遥か上空から飛来して来る悪魔に向けて、私は魔力を解放した。
「Mind inna ruffin ぶち込む kill mind inna ruffin これで 終わり」
自然と口ずさんでいた。
たったそれだけで、悪魔は消失した。
「私は、ラサだ!」
そう叫んで、私は笑った。




