第10節【月瞳の悪魔・ラサ】
ハミングをしながら、ラスタを見た。
瞳の奥のおくで捉えながら、わたしは思いの丈をぶつけてやるんだ。
音楽はいつも、わたしの傍に居る。
音楽はいつも、わたしを別人に変えてくれる。
だからいつも、わたしは歌んだ。
わたしは聖女なんかじゃない。
――わたしは、リラだ。
浮かぶ月明かりが、わたしに降り注いで照らしてくれている。
――歌いなさい。まるで、そう言ってくれているようだ。
だったら、歌ってやるよ。そんで、皆を沸かしてやる。
ラスタにわたしを、魅せてあげる。
「定めなんて クソ喰らえ。世界の命運 人任せ? そんなやつらに 救いは要らねぇ わたしは 一体 誰が救うの?」
誰も救ってくれる訳がないんだ。
だから、歌うしかないんだ。
歌わなきゃ、やってらんない。
「偽善は要らねぇ 男も知らねぇ 二十歳のガキに 救いなんて 求めんなッ!」
本当に、ふざけんな。誰もかれもが、わたしに聖女としての定めを押し付けるんだ。
――マジで、ふざけんな。
その場にいる全員が、驚いたような表情をしている。
「面喰らってる そこのおめぇら わたしの気持ちを 聞きやがれッ!」
月瞳を持つものは、二十歳の誕生日を迎えると呪いが発動して死に至る。
だがその命と引き換えに、世界を救うとされている。
だから皆は、わたしを――わたしたちを、聖女と崇めて、身勝手な『救い』を押し付けてくる。ラサはそれを見て、おのれの肌で感じても尚、聖女で在り続けていた。
悪魔のくせに、マジでふざけんな。
なんで――わたしなんかよりも、聖女してるんだよ――なんで、わたしじゃなくて、ラサなんだよ。
ラスタを、見ていた。
――ラサが、ラスタを視ていた。
わたしには、理解る。ラサが、ラスタに気付き始めた。もうすぐ、ラサが目覚める。
だけど、まだ歌は終わっていない。だから、まだ黙っとけ。わたしの歌が終わるまで、どっか行っとけ。
今日が、わたしとラサの誕生日だった。
わたしたちと、ラスタが再会できたのも、運命だったのかもしれない。
「わたしは死にたくなんてない。世界の救済なんて、どうだって良い。聖女の責務なんて、まっぴらごめん。だって、恋もしたことないんだよ?」
揺れるリディムに乗せて、言葉に乗せて、わたしの本心をぶつけてやるんだ。
「わたしのなかには、悪魔が住みついてる。夜になると、奴が目覚める。だから、お前ら覚悟しとけッ!」
歌い終わると、光がわたしを包み込む。
また――わたしが、わたしじゃなくなるんだ。
わたしから、私へ。
リラから、ラサへと入れ替わるんだ。




