第4節【Rub-a-dab】
眠りたくない。
――眠りたくないんだよ。
わたしは時折――どうしようもなく、心がざわついて壊れそうになると――夜中に教会を抜け出すことがあるんだ。夜の街の灯りが、優しくこっそりわたしの心を慰めてくれるんだ。
ゆっくりと、流れる景色を眺めながら歩くんだ。ひっそりと、穏やかに心をひそめながら歌んだ。
「わたしは、どこへ向かうの? わたしは、何をすればいいの?」
音楽はわたしを、違う場所へ連れていってくれる。
「皆、死ねばいい。死んでしまえばいい」
音楽はわたしを、別人に変えてくれる。
「すべて、壊れてしまえ。世界なんて、ぶっ壊れてしまえ」
素直な気持ちを、音に籠めて歌うんだ。
「わたしは、聖女なんかじゃない。普通の女のこなんだ」
流れる音とともに、わたしは目的の場所へと向かった。
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アップテンポな音楽と、流れるリディムが心を躍らせる。
コザの街で生まれたラガは、聖教団では禁忌として扱われている。
歌っているところや、聴いているところを聖教団に見つかると、異端審問にかけられるのだ。
だから聖女であるわたしが、ラガをやることは本来ならば御法度どころの騒ぎではなくなってしまう。
だけど、そんなことは関係ない。
「わたしは夜を抜けだし 〝Fremy〟な時間を過ごすの そう Microを履いて この Rub-a-dabで吐いて 気持ち上げて So Take it Easy」
周囲には見知らぬ男女が、わたしを含めて五人いる。
「街の外れにある この酒場が今宵の〝Stage〟 そんな墓場みたいな 場所 に集まった仲間 Yo 〝STAND UP〟 そう これが〝STANDARD〟 だから次は お前がくれよ Next Stage!」
わたしからのバトンを受け取るように、小柄なオジサンが後を続ける。
グルーブもフローも、微塵も感じないミジンコみたいなオジサンのラガ。正直、まったく上がらない。だけど教会で眠るよりも、幾分かは良い。
それまでリディムに身を任せて、身体を揺らしていた少女が間に入ってくる。突然の乱入に、ミジンコなオジサンが戸惑っている。そして少女は、可愛い――そんな声で、ラガをやる。
「下手くそなんだよ 下がってな! お前らも こんなクソみたいな音で 上がってんなよ!」
小動物を思わせる少女――が、粋がってて、何だか可愛い。
「アタシのMagicで 上げてやる! だから このlyricで 歌ってやる! そんで 飛んで やるよ Pon de MIC!」
こちらを、手招きしている。
少女がわたしに、喧嘩を吹っかけてきのだ。
面白いから、全力で応えてあげる。
「Pon de MIC! を ありがと~」
語尾を、とびきり可愛らしく歌う。
「だから 起こすぜ Pandemic!」
他の連中は、案山子みたいにつっ立っている。
「MIX な フロー で HELLO HELLO で 〝ARROW〟 貫く心が クラクラする間に Warning Warning だから 聴いとけ わたしからの LOVE LIVE な 〝Rub-a-dab〟」
【Rub-a-dab】ラバダブ
DeeJayやシンガーと呼ばれる歌い手が、自分の曲や即興で考えたものをリディムに合わせて歌うパフォーマンス。
1本のマイクを、複数の人で取り合う。
【Pon de】ポンデ
英語にすると《on the》~の上で・~に という意味。
【Micro】ミクロ
この場ではミニスカートの意味。
【Fremy】フレミー
友達(friend)と(enemy)を合わせて作られた造語。




