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15/22

15 巡って、春

 3学期期末考査、結果発表。

 いよいよ1学年が終わる。

 庵は掲示板の最上部に表示された自分の名前をじっと見ながら、この1年のことを思い返していた。

 思えばいろいろなことがあった。入学当初はここまで誰かと交流することになるとは思っていなかった。誰とも極力関わることなく、ひっそりと学生生活を送るだけだ、と。

「石館くん」

「ん、最上か」

 声を掛けられ庵が振り向くと、そこには購買部で購入したらしいおにぎりやサンドイッチを両手に抱えた海斗が立っていた。

「1位おめでとう!」

「最上、手を抜いたんじゃないだろうな」

「んー、手を抜くのって苦手なんだ」

「ふん……よく言う」

 何でもそつなくこなしてしまう海斗だ。手を抜こうと思えばいくらでもできるだろう。しかし、それでも。いままでも、そして今回も、海斗は手を抜かずにいてくれた。今ならばわかる事実。

「いつもの日本史か?」

「どうだろう。数学かも」

「珍しいな。……ところで何だ、その大量の食事は」

 あまりにも多くの食料が気になって、庵は海斗の腕の中のものを指で示した。

「え、昼ごはんだけど……」

「栄養、偏りすぎだ。お節介だとは承知しているがもう少しな……」

「うぅ……きみに言われると弱い……」

「とぼけるな」

「本当のことだよ」

「…………」

 悪意なく告げてくる海斗の言葉が庵の声を封じてしまう。

 庵は教室に戻り、帰り支度を始めた。

 今日は土曜。授業は午前で終わり。残るのは部活動がある者くらいだ。

「最上は残るのか?」

「うん、藤波くんの部活の試合観戦にね。きみもどう?」

「悪いが、用事があってな」

「そうなんだ。じゃあまた、週明けに」

「ああ。きちんと復習はしておけよ。どこかわからない問題でもあれば電話しろ」

「えー、きみと話すのに夢中になるじゃん」

「なら、してくるな」

「ごめん! うそだから!」

 他愛ない話に花を咲かせる姿も、クラスメイトたちの目に馴染んできた。

 もうすぐ、2度目の春。






 この学校ではクラス替えを行わない。1学年の最初の時に決められたクラス分けで高校生活の三年を過ごす。

 だから、新年度の初めにやることといえば教室の移動くらいのもので。

 庵にすれば気楽なものだった。

 交流の輪をより広げる機会を逸してしまうという側面はあれど、仲の良い者と離れてしまうかもしれないという憂いもない。

 もともと庵は社交的ではない。新しい人間関係の構築がスムーズにできるとも思えない。

 それよりも。会話の機会が増えた今のクラスメイトたちとの交流こそ、庵が深めたいものであったから。

「石館くん、おはよう」

「おはよう」

 戸惑いばかりだった会話の数々にもすっかり慣れた。中学生の自分が今の自分を見たら驚くこと請け合いだ。などと、考える余裕すら庵にはあった。

「今日は始業式だけだから楽だよね。このあとは何か予定あるの?」

「ああ、最上と出掛ける」

「最上くんと? どこに?」

「図書館」

「え、すご」

 女子生徒と会話をしながら新たな教室に入る。ひとまずは出席番号順に着席し、途端に周囲のクラスメイトからも話し掛けられた。

 勉強の内容にしか興味がなかったというのに、今では他愛ない会話にも耳を傾けるようになった。

 音楽や番組の好みは周囲の者たちとあまり合わない。だからためしに勧められたものを視聴してみれば、ものによっては勉強が捗った。それを伝えればそれだけで妙に喜ばれたものだった。

「石館くん」

「最上か、おはよう」

「おはよう。あのさ、図書館で勉強したあとで良いから買い物にも付き合ってもらえないかな?」

「良いぞ。なら、昼食はいらない……と」

 庵がスマートフォンのメッセージアプリを使い親に連絡を入れる様を見て、クラスメイトは肩を竦める。

「あんたたち本当に仲良いよね」

「普通だろ」

「普通だよ」

「ハモった……」






「とは言ったものの、普通よりはだいぶ進展したかな」

「口よりも手を動かせ」

「はい」

 海斗が図書館でシャープペンシルを手の上で器用に回転させていると、左隣に座っている庵に強めの口調で勉強を促された。

 英語表記の問題文を読み解きすんなりと回答を記していく。

 ふたりの間に必要以上の会話はなく、周囲の来館者たちも騒ぐことはない。静かな空間で、ただ知識を脳へと詰めていく。

「最上」

「ん?」

「ここ、お前ならどう訳す?」

「どれどれ……そうだな、僕なら……」

 横から差し出された問題集を海斗は覗き込み、幾つかの単語にアンダーラインを引き、それがどの単語に掛かるかを矢印で結んでいきながらの説明を始める。

 海斗の解釈が己のものと同じだったことに納得し、庵は短く礼を述べて問題の続きに取り掛かった。

 そしてまたしばらくして。

「最上」

「ん?」

 再び質問だろうと、海斗はまた身を少し横に乗り出そうとして、止まった。

「お前は動画とか見るのか?」

 まさかの、世間話。海斗は少々面食らいつつも自分の問題集へと視線を戻した。

「まぁ、ほどほどには」

「どういうものを?」

「音楽もかけるし……あとは、コーヒーを淹れるだけの動画とか」

「音楽はどういうものを?」

「何でも聞くけれど、ジャズが多め」

「意外」

「小さな頃から聞いてたから」

「コーヒーも小さな頃から?」

「小学校に上がる前にはもうジュースよりもコーヒーだったかな」

「え、はや……」

 こんな会話は初めてだ。庵との会話といえばもっぱら勉強の内容ばかり。趣味嗜好の話は深くしたことがなかった。

「好きな曲は?」

「ええと……プレイリストに……」

「ほう……それ、共有できるか?」

「いいよ」

 あの庵が勉強の手を止めて海斗のスマートフォンを覗き込み興味を示している。

 初めて会った日と比べればずいぶんと柔和になったものだ。

 メッセージアプリを介してプレイリストを送信すれば、庵はスマートフォンを確認して目元を緩めた。

「ありがとう」

「気に入る曲とかあれば良いけれど……」

「最上のお墨付きなのだろう? 期待してる」

「……うん」

 どうにも今の庵と共に過ごしていると、過去に友人と呼べる者がいなかったことに疑念が生じる。

 海斗は勉強を再開しながら、そのことを素直に庵に問うた。

 庵は困ったように眉尻を下げ、いちどシャープペンシルを置いた。

「まぁ、所謂偏見というやつだな。俺はこんな髪と目の色だろう。幼少期は何人か声を掛けてくれたものだが、そいつらも保護者たちから何かしら言われたのか、ひとりまたひとりと来なくなってしまった」

「そうだったんだ……。……どこの国の血?」

「それ、クラスの色んなやつから聞かれたな。残念ながら隔世遺伝でな、俺にも親にもわからないんだ。欧州の北方が有力だが」

「あ、そうなんだ」

「……実際、親は俺のこの髪と目の色でだいぶ肩身の狭い思いをしてきただろうからな。……成績でくらいは自慢の息子でいたい」

「石館くんは自慢の子どもだよ、絶対に」

「わかった風に言うな」

 悪態でありつつも庵の声の調子は穏やかで、海斗はそれだけで頬が緩む。

 顔を上げた庵が館内を見渡し、客が少なくなってきていることに気付いてスマートフォンで時間を確認した。

「最上、そろそろ昼食にするか」

「そうだね」

 勉強への集中力を削ぐことで海斗も空腹を実感した。筆記用具を片付けながら口を開いた。

「何、食べたい?」

「何、食べたい?」

「…………」

「…………」

 ふたりは同時にまったく同じ質問をしてしまった。暫しの沈黙ののちにどちらからともなく破顔する。

「最上のリクエストは?」

「きみこそ」

「まったく……俺のことばかりを優先するな」

「知りたいんだよ、きみのこと。こういう些細なことでもさ」

「……それはこちらも同じなんだがな」

「え……」

「今日はカレーの気分だな」

「あ、うん、カレーいいね。行こう」

 庵の言葉のひとつひとつで一喜一憂してしまう。海斗はそんな自分を誤魔化すように片付けの手を速くした。

 想いなどとっくに伝えている。しかしそれに対しての庵からの返事はいまだに貰っていない。だからといって、その返事を催促するような勇気もない。今の関係が良好であるからこそ、なおさら。

 海斗は案外、己がヘタレ気質なのだと自覚した。

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