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13 それぞれの思惑

 土曜は心地の良い冬晴れだった。雲ひとつない快晴。

 待ち合わせの時間は12時。気温もそこそこ高くなってきているが、ここまで晴れているならば夕方には冷え込むこと必至だ。

 庵は待ち合わせの30分前には駅前に着き目立つオブジェ前に立った。

 この日まで、庵は細川という男と会うことも話すこともなかった。クラスが違うから、という理由はあれど、友達になりたがる人間の態度にしては、妙にちぐはぐだ。

 違和感はあれど、庵は細川を待つことにした。スマートフォンを取り出し、電子書籍の小説を読み始める。文化祭の準備期間の海斗との買い出しを思い出しながら。

 時は過ぎていく。細川は来ない。しかしまだ待ち合わせ時間の10分前だ。庵は時間を確認しながら小説を読み進めた。

 12時となった。細川は来ない。急用でもできたのだろうか。思えば細川の連絡先も知らないので待つことしかできない。庵は小説のページを閉じて周囲を見回した。

 そのまま、ただただ時が過ぎた。10分経過し、20分が経過し、もしや忘れられてしまったのかと思い始めたところで。

「よー」

「……!」

 細川がやってきた。慌てるでもなく、のんびりとした歩みで。耳にはワイヤレスイヤホンも装着している。

「よし、行こうぜー」

「おい、細川……!」

 悪びれることもなく、目的地すらも言わず、率先して歩き出したので庵はすかさず細川の腕を掴んで足を止めさせた。

「あ? なに?」

「これだけ遅刻しておいて、何か言うことはないのか」

「えー、ちょっとだけじゃん。良いから行くぞ」

「……っ!」

 細川は面倒そうに庵の手を振りほどき再び歩き出した。

 たかが謝罪すらもできないのか。庵の中で憤りが芽生えたが、そこでふと思う。海斗に謝罪ができていないのは、己も同じだ。

 細川に何も言えなくなって、庵もついていくことにした。

「で、今日は何を買いに行くんだ」

「あー、その前にメシ」

「え……」

「え、じゃなくて。フツーこの時間はメシだろ」

「まぁ……そうだが」

「ラーメンな」

「…………」

 昼食のメニューは決定事項らしい。

 あまりの奔放さに庵は困惑するが、それが細川のたっての希望ならばと納得しておく。

 誰かとの交流があまりにも少なかった庵には海斗しか比較対象がいない。どうしても、海斗との違いを思い知ってしまう。

 海斗はいつも、まず庵の希望を聞こうとしてくれていた。あまりに施されるばかりが不公平で、何度かの買い出しの際には海斗の希望も無理やり聞いたこともあった。嫌いなものはないと宣っていた海斗の言葉が真実なのか、それとも優しさだったのか。

 どちらだとしても、そんな些細な事柄を今にして鮮明に思い出してしまうことに、庵は少しやるせなくなった。






 食欲はあまり湧かなかった。

 ラーメンそのものは庵も嫌うようなものではなかったが、細川の行きつけと思われるそのラーメン店は、豚骨ベースで背脂が多く浮いた濃厚なスープを売りとしている店だった。

 庵の好みからは離れている。そんなラーメンを好む者のことを否定するつもりは毛頭ないが、庵の口には合わなかった。出された以上、完食はするが夕飯は控えめにしておくべきだと判断した。

 食事の最中も、細川との間にさしたる会話があったわけではない。というのも、細川は常にスマートフォンを操作していて庵には目もくれなかったから。

 これではひとりで食事をしているのと変わらない。その上で口に合わないものを食している現状は気分の良いものではなかった。

 ラーメン店を後にし、ようやく本来の目的である買い物になるかと思いきや。

「あー、買い物はもういいや。ゲーセン行こうぜ」

「は? お前、いい加減にしろ」

「そんな目くじら立てることでもねーじゃん。金そんなにねぇし」

「……っ」

 わからない。友達との休日とはこういうものなのだろうか。自分はいてもいなくても構わないのではないか。少なくとも、今までの時間に自分の存在意義は見出だせない。

 庵は単純に、楽しいと思えなかった。

 来たくもないゲームセンターに連れてこられ、興味もなくやり方もわからないゲーム台をただ眺めるしかなく、ひとりでさっさとゲームを楽しみ始めてしまった細川を待つだけの時間。所持金が少ないと言っていたくせに形に残らないゲームのスコアに投資する細川の神経も理解できない。とてつもなく苦痛であり、果てしなく無意味でしかなかった。

 庵はゲームの一段落を見計らって細川のもとへと向かった。

「帰る」

「は? なんで?」

「俺がいる必要なんてないだろう」

「まーまーそう言うなって! 何かやってみ?」

「遠慮する」

「待てって! もうちょい、もうちょい付き合ってくれよ!」

「何のために」

「夕方からじゃなきゃダメなとこがあるんだって!」

「だったら待ち合わせは夕方で良かっただろう」

「わり、電話! おー、お前かよ! いま? ゲーセン!」

 騒音に負けないように大声で通話を始めてしまった細川の姿に、庵は大きくため息を吐いて建物の外に出た。






 夕方までの時間のほとんどを、庵はスマートフォンの小説を読むことに費やした。おかげでバッテリーの残量が少ない。

 ゲームセンターという密閉された空間や、訪れている客たちが出す空気感がどうにも苦手で庵はひたすら外に出ていたため、体はすっかり冷えてしまっていた。何時間も立ちっぱなしで足も痛む。

 こんなことで今日の勉強時間がほぼ潰れてしまったことは不服以外のなにものでもなかった。

「お待たせー、行こうぜ」

「…………」

 やっとゲームセンターから出てきた細川はやはり謝罪をしない。

 人に対する態度として問題の多い細川に言いたいことはたくさんあるが、ようやく目的の場所に向かうことになったらしいので今は何も言わずにおいておく。いや、そもそも庵から細川への評価は既にかなり下降している。それこそ昼食後に彼が言った通り、目くじらを立てるようなことでもない。いや、そんな価値すらも見出だせなかっただけ。

 真冬ともなれば陽が傾くのも早く、かなり冷え込む。なるべく早く解放されたいものだと願いながら、庵は道中の雰囲気に僅かに気圧された。

 周囲には所謂、柄の悪い者が多い。

 中学までは庵も素行の悪い生徒を何人も見たものだが、そもそもそんな連中とは縁がなかった。進学校である今の高校に入学してからは尚更だ。

 だからこそ、無駄に大声で笑い合い、ともすれば通行人の妨害に近いことすらもお構い無しにはしゃぎ倒す青少年の姿は庵にとって未知のもので、そして、決して好ましくはなかった。

 こんな道を通らなければならないような目的地なのだろうか。庵の心拍数が僅かに上昇した。

 繁華街の大通りを逸れ、脇道に入り、やけにきらびやかなネオンの輝くビルが立ち並ぶ場所が見えてきて、庵はついに足を止めた。

「細川。やはり俺は帰る」

「あ? ここまで来たってのにそりゃねぇだろ」

「……わざわざこんな道を選ぶ必要はないだろう」

「いや、ここしかねぇんだって」

「……それは……」

「もしかして意味分かんの!? 意外~! じゃあ話は早ぇじゃん!」

「……っ!」

 明らかな侮蔑を向けられている。

 庵は踵を返しその場を離れるために駆けようとしたが、ひと足間に合わず細川に腕を強く掴まれた。

 人を呼び止めるための握力ではない。細川は庵にお構いなどない。

 庵はあまりに不愉快で細川を睨み付けた。

「なぜこんなことをする!」

「あ? てめぇが気に入らねぇからだよ。文化祭の時もそうだけど事あるごとにいちいちウゼェ注意してきやがってよ。生徒会の後ろ楯があるからって調子乗んなよ!?」

「意味が分からん。俺はただあの日、周囲に明らかに迷惑を掛けている度が過ぎた行いを諫めただけだ。生徒会のことは偶然だ」

「だけどこっちは文化祭後も何度もてめぇに注意されて腹立ってんだよ! 挙げ句に覚えてねぇとか舐めてんのか!」

「そうだったのか。だが舐めるもなにも、素行不良の人間のことなど逐一覚えておくのは脳内の記憶容量の無駄遣いだ。注意されないように生活すれば良いだけの簡単な話だろう」

「んだと……!」

 正論とはいえ、相手を怒らせてしまったことだけは何となく察した。

 細川は庵の腕を強く引き薄暗いホテル街へと連れ込もうとする。

「お前……っ!」

「今から石館のことが好みだって言う物好きが相手してくれっからおとなしくキメてヨがってろ」

「……な……っ」

 下卑た言葉の数々ではあるが、庵はこれから自分がどんな目に遭わされるのかは理解した。

 未成年の身でそんな場所に行くなど。事が明るみになれば罪になるのは完全に向こう側だとしても。こちらが完全に被害者であることが揺るぎなくとも。

 こんな恥辱は耐え難い。

 わざわざ夕方まで待ったのは、これから来るであろう最低な人間の都合なのだろう。

 庵は抵抗を強めた。くだらない人間のために未来ごと丸々奪われるなどごめんだ。

「ふざけるな、離せ!」

「暴れんなよ! くそっ、女みてぇな見た目してっけどやっぱ男か」

 なぜなのだろう。なぜこんな目に遭わなくてはならないのだろう。そんなに間違ったことをしたのだろうか。こんな報復を受けなければならないほどに?

 理不尽がまかり通ってしまう世の中を恨みたくなる。

 そしてそれ以上に。自分があまりにも、情けない。

 心のどこかで、海斗のように上手くやれると思っていた。クラスメイトとの関係も良好で、他のクラスの者からも友に、と望まれて。どこかですっかり調子に乗ってしまっていた。本当はただただ恨まれていただけなのに。クラスメイトたちがたまたま善良な者たちの集まりだっただけなのに。そんな善良な者たちとの関係性も、海斗がほぼほぼお膳立てしてくれたようなものなのに。

 あらゆる不甲斐なさに、悔しくなる。惨めになる。この上で更にこの身まで凌辱されるなど、絶対にあってはならない。

「離せ! 嫌だ!」

「この……っ、往生際悪ぃな! だいじょーぶだって! いちおうソッチの経験も豊富な人だからよ。まー3日はシャブ漬けになるだろうけど、な!」

 逃亡を計ろうとする庵に怒りが頂点に達したのか、細川の右手が大きく振り上げられた。

 殴られる。庵はすぐにそう悟ってきつく目を閉じ歯を食い縛った。

「痛ぇぇっ!!」

「…………?」

 庵の顔や体には何の衝撃も来ず、それどころか細川の悲痛な声が聞こえてきた。

 庵がゆっくりと瞼を開いてみると。

「…………、最上……」

 確かにそこには、今までに見たことのない冷ややかな空気を纏った海斗が、細川の腕を背面へと締め上げていた。

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