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10話 エピローグ 春日を超えて

 エピローグ 春日を超えて



 桜舞う山道を俺は一人で歩いていた。


 どこからか吹いてくる穏やかな春風は、つい先日までこの町を包んでいた冬の香りをすっかり吹き飛ばしている。山中に芽吹いている鮮やかな草花も喜んでいるように見える。


 翔の起こした事件から二か月半。俺は現在に帰ってから大手術をくりかえして何とか一命をとりとめ、ずっと入院していたが、春休みの補習と大量の宿題でなんとか進級を認められた。おかげでちゃんと声も戻ってきた。事情を知る一部の人以外からすれば、俺はある日いきなり大けがを負っただけにしか見えないだろう。それでも何か事情があるのだと察して気をきかせてくれた担任には感謝だ。


 俺は時間をすっ飛ばしているので良く知らないが、夢の世界に行くたび玲奈と同じところに閉じ込められた翔は玲奈の説得により改心してくれたらしい。もともと玲奈の意向を無視して一人突っ走っていただけなので、死ぬ前にしっかりとコミュニケーションさえとってくれれば問題なかったのだ。玲奈が死んだあと、すっきりした顔で日常を送る翔を俺と晴香は許したのだが、俺の親父がどうしても翔を信頼できないと言うので、平謝りする翔のお父さんが息子の監視をする人間をつけるということで決着がついた。タイムリープした以上、翔の罪は法では裁けないので妥当な判断だ。


「あ、掃除してくれてたのか。悪いな、晴香」


 春休みの補習から神社に帰ってきた俺を出迎えたのは、表を掃除する晴香の姿だった。春風でふわりと揺れる長い髪に思わずどきりとさせられる。俺に気づいた晴香は微笑んで歩いてきた。


「おかえり、カズ君。お昼ご飯食べた?」

「いや、まだだ。カップ麺でも食べようと思って」

「やっぱりー。そう言うと思って作っておいたよ。ハンバーグ定食です」

「マジ? ありがてえ! 男所帯だとどうしても昼飯がおろそかになるからな」


 食へのこだわりが強い晴香の手料理なら間違いないだろう。


「七百五十円になります」

「金取るの⁉」


 舌を出す晴香に苦笑しつつ俺は手を洗ってリビングに行く。春になってコタツを普通のちゃぶ台に変えたからか、やけに部屋が広く感じた。


「うめー」


 晴香の作った昼食はやはりうまかった。手作りハンバーグにから揚げに白米に。俺の好きなものフルコースだ。惜しむ暇もなく一気に食べ終わってしまう。


「ありがとな。ほんと助かるよ」

「いつも弁当作ってるんだからこれぐらい平気だよ」


 食べ終わったはいいが、洗い物まで終えてしまうとすることがない。二人で映画でも見ようかな……。


 と、そこまで考えたとき、俺はふと思い当って晴香に話しかけた。


「晴香、ちょっと表出ないか? 話したいことがあるんだ」

「なに? いいよ」


 晴香を連れ出して俺たちは鳥居の下まで行く。夢の世界での集合地点だというのもあるが、春野を一望できるこの場所は思い入れが強いのだ。勝負をするならここがいい。


「もう春だねえ……。桜がきれいだよ」


 眼前に広がる街は桜の桃色で彩られていた。暖かく降り注ぐ陽光も、どことなく流れてくる花の匂いも、すべてが春の到来を祝福しているようだ。一週間もしないうちにこの花は散ってしまうだろうが、それでもまた来年になれば同じように花を咲かせる。厳しい冬に抗い続けたのは、今この時咲き誇るためだと言わんばかりに。


「ああ……本当にきれいだ」


 風に舞う桜の花びらはどこへ向かって行くのだろう。春は穏やかな風に乗って。夏は生ぬるい風に乗って。秋はさわやかな風に乗って。冬は凍える風に乗って。気の向くままにどこまでも。


 それからしばらく何も言えずに立ち尽くしていたが、やがて決心を決めた俺は晴香の方に向き直った。


「晴香、俺は……俺は……」


 胸の内から湧いてくる恐れに言い淀んでしまうが、深呼吸でリセットしてからもう一度晴香の目を見据えた。


「晴香、俺はお前が好きだ。お前のヒーローになりたい。だから、晴香も俺のヒーローになってくれないか」


 俺の言葉に驚いた顔でしばらく静止していた晴香だったが、すぐに笑い出した。


「あはは。そうかー。そうきたかー。カズ君も成長したんだねー」

「な、なにがおかしいんだよ」

「おかしいよー。告白するならもっとロマンチックにいかなきゃ。今時小学生でもそんなこと言わないよ」

「うーむ」


 俺なりに愛の気持ちを表現してみたつもりだったのだが、どうやら子供じみていたらしい。


 だが、そんな言葉とは裏腹に晴香は顔をほころばせる。


「そっか……。カズ君は、ようやく私を頼ってくれるんだね……」

「ああ。情けない話さ、俺、最後の戦いに行きたくないって思ってたんだ。怖かった。でも、玲奈に救われた。……そこで気づいたんだ。俺だって、誰かに助けてもらわなきゃ何もできないんだって。だから、俺は晴香に助けてほしい。これからずっとだ」


 俺の言葉に顔を落とす晴香。その肩は震えていた。


「晴香?」


 呼びかけるとすぐに晴香は顔をあげて満面の笑みを浮かべた。


「私を頼ってくれてありがとう。私、カズ君のヒーローになれるように頑張るよ」

「それって……」

「ずっと一緒にいてあげるってこと。また恋人になるんでしょう?」

「……ああ。よろしくな、晴香」


 俺たちは笑いあった。その声は春の空に響いていく。桜の花びらのように、舞い上がっていく。


「それじゃ、早速だけど初デートに行かないか? 行きたいところがあるんだ」

「初デートってわけじゃないけどね。エスコートは任せたよ、彼氏さん」


 俺たちは手をつないで山道を下っていく。目的地はそう遠くない。メインストリートを超え、高級住宅街を超え、海の近くにまでやってくる。


 たどり着いたそこには教会が立っていた。それで晴香も察したらしい。


「一番に報告しなきゃいけないと思ってな」


 どうやら雪代一家はキリスト教の家系らしい。神父に挨拶してから裏手にある墓地へと向かう。そこに、玲奈は眠っていた。


 俺と晴香は墓の前で手を合わせる。


「玲奈ちゃん、カズ君のこと大好きだったから悔しがってるかも」

「悪いな玲奈。俺は晴香一筋なんだ」


 ひとしきり近況を報告してから俺たちは教会を出た。いつまでもそこにいるわけにはいかないのだ。


「この後はどこに行くの?」

「おしゃれなカフェがあるんだ。そこに行ってみようぜ」


 俺たちは墓地に背を向けて歩いていく。未来に向かって歩き出していく。例え風に流されようとも、しっかりとした足取りで歩いて行くのだ。

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