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TS少女は逃げ惑う  作者: 海夜
1章 ふしぎの世界のTS少女
8/14

8.本当に、

 ───バレていた。


 頭では解っていても脳裏を駆け巡る、「何故」の言葉。

 それでも。脳と同期するかのように混迷する身体に鞭を打ち、息を、姿勢を整え、魔力を捻り回しながら前を見据える。


 近づいてくる。悪夢が。この三年間を、人生を懸けた計略を、覚悟を一瞬で破壊した妖艶が。


(悪夢ならどんなに───っ)

 目に映る現実を受け入れられず、今にも逃避せんとする思考を無理やり引き戻す。逃げなければ。捻れる魔力は加速する。


 近づいてくる。恐慌する()()()を微笑ましげに、愛おしげに眺める麗しき母が。


 逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。

 距離に反比例して膨張する焦燥感。加速し続ける体内魔力。脳が、理性が、本能が、思考が、直感が、そして身体でさえもが警鐘を鳴らす。「逃げろ」と。

 なのに。



 なのに。

 動かなかった。───動けなかった。




 交錯する。()()()()と同じ、深青の瞳。




 ───動けなかった。

 愛おしげに見下ろすその瞳が、心做しか()を見ているような。そんな、願望紛いの錯覚に囚われて。



 どこか懐かしい温もりが全身を包む。

 一筋の熱が、頬を伝って落ちていく。


「シャロン。世界が、国が、……私が、怖い?」

 どこか緊張を滲ませる声が鼓膜を揺らす。

 意図せずも少し力む私。そんな私に母は少しの寂しさを感じさせる声色で静かに、言い聞かせるように言葉を繋ぐ。


「……そっか。

 ───でも、でもねシャロン。あなただって本当はわかっているはずよ。この国は……この世界はそんなに怖いものじゃない、って。」








 分かっていた。判っていた。解っていた。


 転生者にとってこの世界は、この国は。決して恐ろしい場所などではないのだと。

 転生者だからといって殺されることなど、ありはしないのだと。


 ───転生者の中身だけを駆逐することなど、ありはしないのだと。


 ───返せない。





 自責の念が心を炙り、口を衝く。


「わたし、は、ひとごろし、だから」


 抱きしめる力が僅かに強まる。次の言葉を遮るように。愛する娘を繋ぎ止めるように。


「奪って、しまった。身体を、心を、……未来を。」


 ───私が、転生なんてしなければ。


「!? 違う……!違うのよ、シャロン。奪ってなんかない。あなたは何も奪ってない……!」


 驚いたように慌てて言い縋る母。


「転生者かなんて関係ない、シャロンは、愛する娘はあなただけで……!」


 抱きしめる力が、更に強まる。


 ───必死な声色が、焦がれる心に沁み渡る。





「わたし。私は───」




 慎重に。確かめるように。ゆっくりと母の背中に手を伸ばす。


 抱きしめる力が更に強くなる。


 ……とめどなく溢れ出す涙。




 もしかしたら。




 もしかしたら。私は、本当に───


 本当に、






「───ここにいても、いいのかな」


「なにを、今更……!」









 冷たい鎖が頬を伝い、地に堕ちて消えていった。






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