4.疑心暗鬼
再び目を覚ました僕は──いや、本当はこの前に2回ほど、異常な喉の渇きや謎の言い表したくない不快感で目を覚まし、朦朧とする意識の中ギャン泣きしたのだが──いや、覚えてる。覚えてるがどちらも思い出したくない。……いつかきっと笑い話になってくれると信じて思考を戻すことにしよう。
さて。今更な話だが、僕の夢は単純だ。
この世界を自由に、楽しく生き切ること。
この大筋の上で前世で培った厨二病的な願望や妄想が派生する訳だが、今は関係ない。
今考えるべきはこの夢を叶える為に「何が必要か」。
そしてこの問いかけも、口にするだけならばそう難しいものではない。
中世風味の魔法世界を謳歌できる程度の「戦闘力」、そしていかにも謀略が渦巻いていそうな上流階級の社会を渡り歩き、"自由"を維持できる程度の「知略」だ。
本当に。口にするだけなら簡単だ。今の僕には「力」が足りない。何もかも。ならばテンプレ通り、幼いうちから定期的に魔力を使い切るなどして鍛え始めればいいのか。それも違う。
当たり前の話だ。情報が足りない。
テンプレ通り使い切ったら容量が増える、などとなぜ言い切れる?使い切ったら普通に死ぬかもしれない。
それとも仮に使い切ったら魔力が増えるのだとして。増えた魔力はどうなる?幼い僕に扱い切れるのか?「身に余る魔力を抱えてしまった幼子が暴走する」というのもある意味テンプレ展開だというのに。
情報が足りないのだ。そして、魔法がどうとか、それ以前の問題もある。
僕の存在だ。
僕は異世界からの転生者。この世界からしてみればどこからどう見ても異物そのものだ。
そして僕は、この世界の文化に関して何も知らない。
「転生者」という存在がどう扱われるのか、どう認識されるのか、そもそもどこまで知れ渡っているのか。
危険すぎる。もし仮に転生者が忌避される存在であったなら。
もし仮に転生者の中身だけを排除する手段をこの世界が有していたなら。
間違いなく異物たる「僕」は殺されるだろう。
いや、「僕」が消されるだけならまだ良い。元の世界では十中八九死んでいるであろう命だ。そしてこの身体本来の持ち主たる少女は生き残り、未来を掴めるのだから。
仮に。仮に転生者を心底憎悪し、駆逐せんする文化が根付いているのだとしたら。
仮に。仮に中身"だけ"を消す手段など、存在しないのだとしたら───
(こんなものはあくまで仮の話だ。十中八九僕の悪い癖、最悪の妄想だ。解っている。……でも。)
───死ねない。殺させる訳にはいかない。あの美しい夫婦の色を継ぐ、この未来ある赤子の身体だけは。
そんな強い意志の篭った瞳を閉じて、少し息を整える。
強い意志など隠さなくてはならない。"特異性"など欠片も出してはならない。
「夢」などという正真正銘の危険物は凍結せよ。今はそんなものにかまけている余裕はない。
考えれば考えるほど情報の欠落を痛感する。
隠し通す。情報を集め、確固たる生存の道標を見出すまでは。
観察。蒐集。───秘匿。