2.自由に。楽しく。
(知らない天井だ───)
そんな半ばテンプレと化したセリフを心の中で呟きながら、僕は再び目を覚ました。
新生児の不明瞭な視界ゆえはっきりした事は言えないが、辺りは薄暗い、はずだ。早朝か夕方か。どこか穏やかに感じる人の気配からして夕方だろうか。
どうやら僕は、異世界に転生してしまったらしい。中世ヨーロッパ風の部屋、自由の効かない身体、小さな手、明瞭に感じ取れる人の気配からして魔法アリの異世界転生で間違いないだろう。それもかなり身分ある家の子供らしい。
ふふ。拗らせ厨二病患者なら解って当然である。さて、ここからだ。ここから最強転生主人公の最強異世界伝説が始ま
「あぁっ、奥様、旦那様……!お嬢様がお目覚めですよ……!」
僕を見守っていたメイドらしき少女が嬉しそうに誰かを呼ぶ。
?
(なんて?)
誰かが近づいてきた。
「まぁ!見てあなた、なんて可愛い。この目元なんてあなたにそっくりだわ!」
「クク、そうだな……だがその瞳の色は君の色そのものだ。人を惹きつける魅力に溢れた理知的な瞳。きっと、君に似た賢く美しい女性に育つことだろう。」
両親と思われる2人が私の目を見ながらにこやかに話している。
───無茶を言わないで欲しい。
どうやら僕は、異世界に女の子として生まれ変わってしまったらしい。正直薄々分かっていた。だって無いから。だが……だが。ありえない。まさかのTS転生である。
本当に。無茶を言わないで欲しい。
さっきはあんな事を言っていたが、僕は普通の、なんだかんだ言って本当に普通の感性を持った日本人だった。痛烈な大恋愛や、美女に囲まれたハーレムはとか別に求めていない。むしろ、「またハーレムっすか(笑)」とか「チョロいヒロインだなぁ(笑)」とか、ひねくれた見方をしている逆張りサイドの人間だった。
それでも。それでも流石にキツかった。
ひねくれた見方をしていても、やはり異世界転生小説は好きだった。テンプレは面白いからこそテンプレ足り得るのだ。
めでたく転生できた自分の、これからの人生のイメージの中にテンプレ要素が無かったと言い切れるだろうか。
無い訳がなかった。
美少女と鮮烈な出会いをして結ばれる妄想が無かったと言い切れるだろうか。
無い訳がなかった。
性別とは。1人の人間を構成する基礎のひとつだ。
自らの懸想する、妄想する、脳裏に浮かぶ「誰か」がいるからこそ人は辛くとも明日を生きていくことができる。
そうではない人もいる?そうかもしれない。当然だ。でも。でも、僕はそう"だった"。
夢が、願いが消えていった。
内心否定しつつも確かに在った妄想の1つが跡形もなく潰えた。
……だが。文句ばかり言っていられないだろう。せっかく中世ヨーロッパ風魔法世界です。と言わんばかりのテンプレ異世界に来たんだ。
夢はまだ残っている。
現在の状況、目標、問題点をまとめ、1つずつ対処していく必要がある。妄想は終わらない。自由に。楽しく。
(とりあえず、落ち着いた。まず初めに現在の状況、か ら)
ここで僕の意識は途絶えた。赤子の集中力は長続きしない。