13.先駆者の轍は踏み抜くもの
「私で……ございますか?え……えっと、人違いでは?」
なんで?どこで間違えた?いやどこも間違えていなかったはず。私は完全に有象無象系貴族令嬢になりきっていた。挨拶だってめちゃくちゃ凡庸かつ押し強めなスタイルで済ませた。なのになんで?顔か!?やっぱりこの顔なのか!?あーもうわかんないどうしたらい
「え。す、すまない、人違いだっただろうか……?シャロン嬢そっくりだったからつい……あれ?でも……」
!?
私の苦し紛れの言葉に困惑する王太子……これは、チャンス!!
「あはは、よく言われます〜。じゃ、私はこれで。あ、人違いの件はお気になさらず〜!」
───そもそも間違えてないからね。
嘘がバレないうちに、と足早にその場を去る。が、焦りすぎて前が見えていなかったのか、誰かにぶつかってしまった。
「す、すみません。あれ、お父様?」
なんだ、お父様だったのか……なら安、心───
「大丈夫か?……そうか。なら良かった。
───それにしても驚いたな。同年代にシャロン・シルファリアが二人も存在していたとは。」
「ひ」
やばいやばい適当言って逃げてきたのバレてるじゃんやばい
焦る私に更なる災難が降りかかる。
「あぁ、シルファリア卿。すまない、シャロン嬢をご存知ないか?先程ダンスに誘ったのだが、人違いだと言われてしまってな……」
申し訳なさそうに父に話しかける王太子と、慌てて父の背中に隠れる私。───まさに悪夢の再演である。
信じてますよお父様?流石にこの状況で娘を売ったりはしないですよね????
「シャロン、でございますか?……あぁ、シャロンでしたらここに。」
強引に王太子の前に引き摺り出される。この冷酷辺境伯め。当然のように娘を売りやがった。
「あれ?君はさっきの……」
「あは、あははは……」
どうしようもない状況に笑顔が引き攣る。
あー……終わった〜……
「も、申し訳ございません……先程は、その……き、緊張してしまいまして!まさか王太子殿下からお声をかけて頂けるとは夢にも思わず、焦って人違いなどと……」
慌てて言い繕う。父に売られたのもそうだが、何より王族に嘘を吐いたのがヤバい。自分で言うのもアレだが心境としてはだいたいあってるし……これでなんとか許して頂きたく……
「そうか……いや、気にしないでくれ。こちらこそ、配慮が足らずすまなかったな。」
あ〜、人が出来ていらっしゃる〜王太子殿下(5)〜
適当言って逃げ出した私(19+5)とは大違いである。
「それで……詫びと言ってはなんなのだが、その。改めて、一曲お付き合い頂けないだろうか。」
断りにくいねぇ〜どうしようもないねぇこれは。まぁ断るんですけ
───ポンッと肩に手が置かれる。
沸き立つ寒気。
「は、はい。私で良ければ、喜んで。」
私は、圧力に負けた。
めちゃくちゃ嫌そうな感じを出していたが、別にダンス自体は嫌いじゃない。ただ目の前の少年と踊った、その後のことを思うと気が遠くなる。それだけなのだ。
楽団の優雅な生演奏の中、煌びやかな会場の真ん中で私達は踊る。自分で言うのもアレだが……完璧、なはずだ。
私達が視線を集めているのはわかっていた。まぁ当然なのだが。
恙無くダンスを終え、軽く笑いあって荒れた呼吸を整える。そして、覚悟を決めたかのような表情で王太子が話し始めた。
「シャロン嬢。貴方に聞いて欲しいことがある。」
───この流れは……ついに来るか。
「まず、王家から貴方の元に何度も婚約の打診が来ていたのはご存知のはず……そして、それらが全て断られていることも。」
え、初耳なんですが?……というかお父様ったらちゃんと約束守ってくれてたんですね。私、見直しました……!
「とはいえ才気溢れる貴方を王家が諦めるはずもなく、私の誕生日パーティーが、婚約者探し会ですらなく貴方と私の顔合わせ会だった、というのも……やはり既にご存知なのでしょう。」
全くご存知なかったんですけど?というか才気溢れるってなんですか……?私何か……あ、精神魔法作ったね!?それ王家も知ってるんだ……へぇ……
「正直、私ははじめ、このパーティーに乗り気ではありませんでした。会ったこともない相手が、何度も断られているはずの相手が頑なに『婚約者候補』ということになっている事実に違和感を覚えたのです。
……が、貴方を目にした途端全てがひっくり返ってしまいました。
───今思えばあれが、一目惚れ、なのでしょうね。」
ひぃ……
嫌な予感しかしない……というかもう言っちゃってるし……やめて……これ以上喋らないで……
で、でも大丈夫なはずだ。私にはお父様との大事な約束が……あって……
「シャロン・シルファリア嬢。貴方が好きです。どうか。どうか私と結婚して頂けないでしょうか?」
顔が引き攣る。
どういうことだ。意味がわからない。約束と違うじゃないか。
怒りどころか殺意すら滲む視線を傍らで見守るクソ腹黒陰湿お父様に向ける。
してやられた。なんだあの顔は、「勝った」とでも言いたいのか。というかアレが暗黒微笑か、本物初めて見た。
いや、そんなことよりこの状況をどう対処するか考えなくてはならない。いっそ刺客でも放って拉致ろうとしてくれたらどんなに楽だったか。こういう真っ直ぐな好意が1番困る。
◇◇◇
ちょっと早めの走馬灯のような回想を終え、そっと目を伏せて息をつく。
───多くの視線を感じる。
まるで物語の一幕を見ているかのようなうっとりとした視線。ここから始まる壮大な物語を期待するような視線。そして同年代の幼女達からの歯噛みするような視線。
そんな『断る』という選択肢を封殺するような視線の数々を受け止めて、私は───
「ごめんなさい。」
王太子からの告白を、断った。
評価、ブクマ、感想、いいね……なんでもいいので何かしら反応を頂けると作者のテンションが上がってフリック入力が速くなったりならなかったりします。
今後ともよろしくお願いいたします。