11.平穏なる日々
あの日から約2年。
自家製の謎陰謀論にハマっていた私も、今月末に5歳を迎えようとしていた。
幼子の目に映る世界は鮮烈だ。あらゆる日常が新鮮に、輝いて見える。
そして、そんな鮮烈な2年間に、生活が一変するような出来事が───
───なかった。なにも。
いやほんっとうに何も無いんだよな〜、いやマジで。突然弟や妹が出来るわけもなく、突然王太子の婚約者に指名されるとかそんなことも決してない。
強いて言うなら、城下町を探検してたら謎の金髪美少年が突っ込んできた〜(※)とか、偉大なる我らがユグドレシア大王国に偉大なる第二王子殿下がご誕生〜とか、隣の隣の領の街道付近で大規模な土砂災害が〜とか、その程度である。
(※ 躱しました)
「平和なのはいい事だけれど、なにも起きないのは……それはそれで暇ねぇ。」
「5歳児が、暇って……いや、それなりに色々ありましたよ。ほらこの前なんて東の異民族が怪しい動きをして国境付近が緊張状態になって大変だったじゃないですか。まぁお嬢様がなんとかしちゃいましたけど。」
呆れた様子でルイス(私の専属執事)がボヤく。
「あー……あったかしら、そんなことも。完全に忘れてたわ。
───というか、私がなんとかしたって言うけどね、私が作った精神魔法が活躍しただけで私自身は特に何もしてないじゃない。
まぁ分かってて言っているのでしょうけど。実際凄かったしね、精神魔法。」
いやほんと、思った以上に凄かった。相手からすれば嘘が通じないどころか、そもそも頭の中身が筒抜けなのだ。情報戦もクソもない。自分で作って広めておいてなんだが、あの魔法ってばマジでやばいやつだったかもしれない。……もう1ランク上の防護術式組んどこ。
「そこまで覚えてて……はぁ〜……」
おいおいおいおい何ため息とかついてんだよ、私は主人だぞ?
いや別にいいけどさぁ。
そんなどうしようもない雰囲気を払拭すべく、私は話題を変えることにした。
「そ、そんなことはいいのよ。それで?この時間帯に顔を出したということは何か用があるのでしょう?伝言ならさっさとしてくださないな。」
ハッとした様子のルイス。もっとしっかりしてくれよ。5歳児だけど。
「そ、そうでした。申し訳ありません。
───ふぅ。来月の誕生日に王都で開催される王太子殿下の誕生日パーティーに参加することが決まったそうですよ。……準備、しなきゃですね。」
「え?お父様が?」
「いえ、お嬢様が。」
は?
「は?」
いやいやいやいや、話が違うんですけど?
まだ婚約者のいない王太子のお誕生日会とか、ほとんど婚約者探しのお見合い会場なんですけど?
……もしかして、お父様ったら例の約束をお忘れになって?
まぁおっちょこちょいなお父様ですこと。おほほほほ
「あー、それとは別に旦那様からお嬢様に伝言が。『結婚しなくてもいいとは言ったが、社交界に出なくてもいいとは言っていない。』とのことです。」
?
「………な!?」
驚愕する私に、『逃げるなよ?』と言わんばかりの5歳児らしからぬ鋭い視線が刺さる。痛い。めっちゃ痛い。主に心が。
◇◇◇
そんなこんなで迎えたXデー。
嫌々ながらも最低限の務めを果たすため、仕方なく王都を訪れた私。
そして向かうのは王太子の誕生日パーティーという名のお見合い会場。辺境伯家といえど王家からの縁談を拒絶することは難しい故、この状況には流石の私も緊張を禁じ得なかった。
それでも。それでも『結婚を強要しない』という約束があったことで油断がなかったといえば嘘になる。
初めての社交界、初めての美麗なドレスに浮つく気持ちがなかったといえば嘘になる。……けれど。
それが、あんなことになるなんて───
……この時の私はまだ、そんなことは知る由もなかった。
───恋謀逆巻く前哨戦の、幕が上がる。
その場に居合わせたある貴族の青年はこう語る。
「運命の二人が恋に落ちる、まさに物語のようなひと時だった。」と───