第十八話 異世界と頭脳と三回
「ご無沙汰ですね、敏捷バグり君。この前は不覚をとりましたが今回はそうはいきませんよ」
「よう!久しぶりだな」
城門の前には多くの冒険者と、あの見た目からしてヴァンパイアであろう魔王軍の紋章の入った指輪をつけた知力バグりの魔王軍幹部が立つ。
「安い挑発ですね。…私はシングラと言うもの。皆さんの未来形は死ですので、良いことを教えてあげましょう。私は知力バグりとして生まれたため戦闘能力はありません」
戦闘能力は無くてもそれを補えるほどの知力があるからな…。
「戦えねえなら俺でも勝てる。マサト、俺に行かせてくれ」
大剣を持った一人の戦士が言ってくる。
魔王軍幹部を倒した俺達は、この街の戦闘指令を皆から任された。
戦闘の切り札も俺達らしいがあまり買い被るのはやめて欲しい。
「んー…別にいいけどお前フラグ立ってるぞ。気を付けろよ」
「オウ‼」
大きな返事をしながらシングラに切りかかる。
「『シールド』」
相手がその魔法を唱えたとたん、シングラの前に体を隠す長方形の障壁が現れた。
「ウオッ!」
大剣は障壁に当たり隙ができたためシングラが戦士に触れる。
その瞬間、戦士の持っていた大剣が吹っ飛び近くの地面に刺さった。
「脳筋ですね。三回自分の武器を吹っ飛ばされた瞬間その方の未来形は死なのでお気をつけて」
…脅しにしては下手すぎる。
「多分今のは本当だな。ハッタリじゃない」
「マジかよ⁉どうすんだ?」
マジでそんなに頼りにされても困るんすけど。
「四人であいつを囲んで一斉に斬るしかないな。あの魔法は自分の正面にしか発生しないから」
「よっしゃ!囲め囲め!」
「せーのっ!」
「『シールド』」
一斉に斬りかかったはずなのに、四人全員武器を弾かれた。
「複数人で囲ってくるなんて予想するに決まってるでしょ、先読みが大事ですよ。一斉に攻撃したってほんの一瞬くらいずれてるんですから」
この前に比べて全然強い。
「おいマサト、もうお前さんたちが戦うしかねえんじゃねえのか」
そういわれても俺そんなに強くないし…。
こんな時にルリテは盗賊の仕事に呼び出されたとかでいないし…。
ユウナたちの方を見ると覚悟を決めたような眼差しをしていた。
「やっとあなた達が戦うんですか?でも私はあなた達のデータはとってありますので無理ですよ」
………データ。
俺とユウナは顔を見合わせクスリと笑う。
データ……それは相手が超えられるためにとるもの。『バカな!データを超えるだと⁉』や『こんなのデータにないぞおお!』とか言いながら死んでいくのがお決まりだ。
「なあラフィネ、あいつに勝つ方法はデータを超えればいいんだ。そしたら相手はそれを驚いてやられるから」
「なるほど…たしかにその通りですね。常識すぎて見逃していました」
…さてと、データを超えればこっちの勝ちだ。
……………あれ?
…これ、どうやってデータを超えるの?
ここはアニメや漫画じゃない、現実だ。都合よく力に目覚めたりはしない。
しかもあいつの事だから今までで一番良い時だったデータを録ってるに決まってる。
俺たちは純度百パーセントの人間だからコンディションというものがある。
前できた事が今も出来るとは限らない、一生その記録を抜けないことだってある。
…むしろそっちの方が多いかもしれない。
例えば前まで泳げたのに今は無理とかそんな感じだ。
…………マジでどうしよう。
相手はポンポンフラグ立てまくってるくせに死ぬ気がしない。
「どうしたんですか?この街の要はあなたなんじゃないんですか?」
「しょうがない…か…ハアアッ!」
腰からダガーを抜き斬りかかる。
「はあ…『スローシールド』」
その新しいスロー魔法は連続攻撃をさせないように武器がゆっくり空を舞いゆっくり落ちてくる。
敏捷バグりが相手に効果的なのかを確かめるために斬りこんでみたが、案の定武器は弾かれる。
やっぱり駄目か…なら遠くからラフィネの魔法でやるしか……。
「言っときますけどどんな魔法も無効化できますからね。あと魔力切れを狙うのも無理があるでしょう」
「マサト、どうする?」
「皆さんの未来形を救う方法ならありますよ?さっきからあなたの後ろに隠れている器用度バグりを返してもらいましょうか。その子は器用度バグりのくせに知識量が豊富なのですよ。この世の事は私以上に知り尽くしている。…さっさと返してください」
その話を持ち掛けられた俺の服をソニアが引っ張る。
「ご主人様、ご命令を。私一人でご主人様のお知り合いが助かるなら安いものです。
本当に短い間でしたが、お世話になりました」
そう言って目の端に涙を溜める。
クソ……マジでそれしかないのか?
「お兄様、どうしましょう?」
……………。
───────あった。
でも、これを使ったら俺は死ぬかもしれない。この一撃で倒せないかもしれない。
……………信じるか。
「ソニア、命令だ」
俺の言葉にソニアはとても悲しい顔をする。
「俺はお前を見捨てないから……信じてくれ」
『マグネット』・・・自分の使う魔力の量によって、金属の物を自分のもとか自分が一つだけマーキングした方向に引き寄せることができる。
これは、俺が楽して生活したいと思い、前に覚えた魔法だ。
魔法に使う魔力は、自分の魔力量が魔法に使う使用量を超えていない場合、生命力を削って魔法を放つ。
つまり、魔力量の低い者が膨大な魔力を使う魔法を放とうとした場合、魔力・生命力を削っても足りないため《《死ぬ》》
俺の魔力は高くない。いたって普通だ。だから、死ぬかもしれない…けどやるしかないな。
「皆、後は頼むよ…」
「マサト?お前何するつもりだ⁉…まさか死ぬ気じゃねえよな?」
「死ぬ気⁉どういうこと?まだ私達この世界での生活始まったばかりじゃない!」
「…死ぬ気はないよ。ただ、希望が見えたから賭けてみるだけだ」
これから死ぬかもしれないのに、すごく落ち着いている。
「お兄様…」
とても不安そうな顔をしたいるラフィネ。
「信じろよ。…皆!まだ武器が一回しか弾かれてないやつは全員シングラに突っ込め‼」
「「「「「オ───‼」」」」」
掛け声と共に全員がシングラに斬りかかる。
「この量はちょっと本気を出さないとダメかな…『スローバリア』!」
結構な量にもかかわらず、冒険者全員の武器が弾き飛ばされゆっくり空を飛ぶ。
今しかない───!
俺は全力の電光石火シングラに触れた後素早く離れる。
「先読みしすぎたお前は、足元の小さな石に気づかずに転ぶんだ!」
「はあ?一体何を…」
「『マグネット』‼」
渾身の魔力を込めて俺は魔法を放つ。
すると空を飛んでいた冒険者たちの武器が刃を向け勢いよくシングラに引き寄せられる。
「何っ⁉」
いくら頭が良くたって相手が初めて使う魔法なら先読みも無理だろう。
それにこの武器の引き寄せられる速度にはコンマ一秒の差もない。
「お前の生は、過去形だ‼」
「………くっ……クソがあああああああ‼」
倒れながらギリギリ空いている俺の目には、シングラの体に無数の刃が刺さっているのが確認できた。
これで無理なら、皆に託すしかない。
俺は遠のく意識の中、シングラ討伐を祈った。
シングラの体は消滅し、冒険者たちの武器が地面に音を立てた。
「や、やりましたよ!お兄様‼」
「「「「「うおおおおおおお‼」」」」」
辺りは歓喜に包まれる。
「おいおい、やったぜマサト!」
バイエルはマサトの方を見る。
そこには横たわったマサトの姿。
「お兄様!お兄様っ‼」
涙を流しながらラフィネはマサトを呼んでいる。
「マサト⁉」
「ご主人様!」
マサトのパーティメンバーもその場に近寄る。
「おい…やべえぞ…!…お前ら!急いでマサトを運べ‼」
歓喜をあげていた冒険者たちは急いでマサトを担ぎ始める。
「マサト!死ぬなよ‼お前さんはもう英雄みたいなもんなんだから‼」
「そうだよ!まだ好きなの買ってやるって約束果たしてもらってないよ!」
しかし、今現在ではその少年が返事をすることは無かった。