ポテトチップス
魔物が入れない壁を確認してコンビニの中へ戻る
女は死を覚悟して最後の晩餐を取っていたが、この建物の安全性を確認できたからかチョロチョロと店の中を歩き回り商品や備品を物珍しそうに物色している
「基本的に食べ物や飲料品が多いみたいだけど、用途のわからない雑貨品の様な物も多い。でも一番おかしいのは食べ物が包まれてる包装紙」
先ほど食べた白くて甘いパン、この店員が言うにはメロンパン? という物は透明な包装紙で包まれていた
この紙はこの国で売ってる紙とは異なり軽い力では千切ろうとしても千切れず、切込みの線が入っているギザギザしている所に少し力を入れるとあっさりと破ることができた
試しに飲んでいる水をこの包装紙にかけてみたら水を弾いていた。そもそも紙ですらないのかもしれない
「さっきから何をパンの入ってるビニールを弄ってるんだ。食い足りないのか」
女の奇行にようやっと店員が重い腰をあげた
「聞きたいんだけどこの紙って何でできてるの?」
「紙じゃないよビニールだよ。原料はたしか石油だっけかな。まあ要は油だよ油」
油を包装紙に? この国での主な油の用途は料理や鍛冶、魔物を殺すのに流用するのが一般的だ
特に今は他国との戦争が懸念されており油の価格が高騰しているのだ
それを食品を包むのに使うなんてどうかしている
「なあ、ちょっと来てくれ。色々とアンタに聞きたいことがあるんだ。アンタもこのままずっとこの店に籠っているって訳でもないんだろ? 自己紹介といこうじゃないか」
そういって店員は奥の部屋にわたしを呼びつけている
「わかった」
彼に従い扉の先の、恐らくは従業員用の部屋へ足を踏み入れる
中には小さなテーブルと椅子が三つ、風景が映っているガラスの板などが目に入った
椅子の一つに腰をかけあらためて店員と対面する
年の頃は20代後半~30代前半の男性
容姿に関していえば中の下といったところだ
目の下には大きなクマができており、常日頃から不摂生な生活を送っている事が容易に想像できる
肉体に関していえば下の下だ。鍛えられた形跡がまったくない
結界を使うから恐らく賢者か魔法使い辺りだろうと思ったけどまず間違いない
「じゃあ自己紹介から始めようか。そこのお菓子は好きに食っていいからね。なにせ話だけじゃあ味気ないし間が持たないからな」
そういって彼は薄い円形の菓子を一枚手に取り、バリバリと爽快な音を立てて咀嚼しはじめた
見た事のないお菓子に少し萎縮してしまう
それに他人に出された食物を食べるのは初心者冒険者の典型的な間違いだ
毒が入っていて身ぐるみを剥がされたなんて事は日常茶飯事なのだ
「ポテトチップスって言うんだ。芋を油で揚げて塩を振っただけの単純なお菓子なんだけどね。これが結構いけるんだわ。飲み物はオレンジジュースだこいつが塩っけに合うんだよ」
食べるのは少し不安だけど未知のお菓子は食べてみたい
まあどうせ一度死にかけてるわけだし、いいか
そう思ってポテトチップスに手を伸ばす
「美味しい、これが芋なの? 食感が全然違う」
今までに蒸かした芋、焼いた芋は何度も食べた事があるけどあんな柔らかい物がこんなパリッとした食感になるなんて驚きだ
二枚、三枚、四枚、黙々とポテトチップスを口に入れる作業を繰り返す
手が止まらない、何とも癖になる味だ。オレンジジュースなる酸味のある飲み物が更に食の手を加速せる
「パリパリパリ」
「パリパリパリパリ」
しばらくの間、バックヤードには無言でポテチを摘まむ2人の咀嚼音だけが響いていた