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小さい子が理不尽な目に遭ってたのでその母親に反抗してみた1

風紀委員長が一部別の名前になっていました。修正いたしました。

 その日の朝、自宅マンションの三階の詩音の家に行くと、おにぎりをもぐもぐしながらもすぐに出てきた。以前は寝坊上等でとんでもなくだらしない一面があったのだが、仲直りをしてからは少し変わったように思える。

「おはよー」

 カバンを肩にかけながらもごもごと挨拶をしてくる。少し前なら『食べながら喋るな』とか『歩きながら物を食べるな』などの小言を言っていた奏介だが、

「おはよう。最近ちゃんと起きられてるね」

「でしょー?」

 おにぎりについてはスルーして、寝坊をしていないことについて話を振った。

「普通に昨日も夜更かししたんだけど、恥を忍んでお母さんに起こしてもらったの。……あっ」

 詩音は口を押さえて、奏介の顔色を窺う。

「ん?」

 その反応の意味がわからず奏介は首を傾げた。

「あ、えと、夜更かししちゃった」

「そう」

 二人とも無言になる。

「お、怒らないの?」

「別に怒らないよ」

 そこでようやく気づく。喧嘩前は夜更かしした、などと聞いたら怒濤の勢いで注意していたのだ。それで拍子抜けしたのだろう。

「……なんか奏ちゃん冷たくなったね」

「俺はしおのお母さんじゃないんだから」

「奏ちゃんの小言がなんか恋しい」

 奏介は少し引き気味に顔を引きつらせた。

「ちょっと。俺のせいで変な性癖に目覚めたとか止めてよ」

「ち、違うよっ」

 そんなやり取りをしつつ、大通りの停留所からバスに乗って学校へ向かう。

 正門を抜け、くつ箱の前まで来たところで、男子生徒が一人、近づいてきた。

「菅谷奏介君、だよね?」

 爽やかな笑顔で言う。奏介は眉を寄せた。

「そうですけど」

「僕は二年の朝比賀優都だ。初めまして」

 アイドルグループにでもいそうな容姿をしている。制服の着崩し方もどこかお洒落だ。

「朝比賀先輩、ですか。俺に何か?」

「突然で悪いんだけど、風紀委員に入らない?」

「入らないです」

「即答? 理由聞いてくれても良いんじゃない?」

「どっちにしろ入りませんから、聞くだけ無駄でしょう。他を当たってください」

 朝比賀は顎に手を置いて少し考え、

「噂通りだね。やはり戦力としてほしいな」

 そう呟いた。

 と、詩音が奏介の後ろから顔を出した。

「どしたの? なんの話?」

「さぁ、この先輩がいきなり」

「あれ、朝比賀先輩ですよね? おはようございます」

「ん? ああ、おはよう」

 奏介は詩音と朝比賀を交互に見やる。

「しお、知り合い?」

「知り合いっていうか風紀委員長さんだよ。生徒会長さんと並んで有名人でしょ」

 生徒会長の顔が頭に浮かび、奏介は眉をぴくりと動かした。

「……へぇ、そうなんだ」

「もうチャイム鳴るね。また時間がある時に来るよ。それじゃあね」

 風紀委員長はそう言って去って行った。



 放課後、奏介の教室にて。

「お、もう帰んのか?」

 前の席の真崎に問われ、奏介は頷いた。

「雨降るらしいから早めにね」

「そういやそうだったな。雲行き怪しいし、予報が当たりそうだ」

「それじゃ」

「おう、またな」

 奏介は挨拶もそこそこに素早く教室を出た。今日は置き傘も折り畳み傘も持っていない。降られたらアウトだ。

「しお、大丈夫かな」

 バスで移動中に幼馴染みの顔が浮かんだが、基本的に彼女は鞄に折り畳み傘を入れているので心配はないだろう。

 やがて最寄りの停留所に到着した。

「さて、ここまで来れば……あ」

 丁度鼻の上にポツリと水滴が跳ねた。それを皮切りにアスファルトの地面を濡らしながら雨粒が降りだす。

「遅かった」

 奏介はダメ元で走り出した。

「はぁっ、はあっ」

 マンションまで徒歩五分程とは言え、夕立の勢いは凄まじい。雷も相まってか雨足は激しくなって行く。

 息も絶え絶えにたどり着いたマンションの玄関で、奏介はしばらく息を整える。

「はぁー……」

 見ると外は嵐のようになっていた。風も強そうだ。

「鞄に入れとかないとな」

 こんなところを見られたら詩音に笑われるに違いない。

 奏介はそんなことを思いながらエレベーターホールへと向かう。と、エレベーターの扉が開いて母親らしき女性と五歳前後の女の子が降りてきた。

「雨すごーいっ、あうっ」

 よそ見をしながら降りてきた女の子が奏介にぶつかってしまったのだ。

「大丈夫?」

 奏介は尻餅をついた女の子を助け起こす。

「うん」

 女の子が頷くと、母親が後ろに立った。

「怪我はないみたいですよ。すみません、俺もよそ見をしていたので」

 すると母親がぎろりと女の子を睨んだ。

「ねぇ、何度も言ったでしょ? 先に行くなって。どうして聞けないの、あんたは」

 唸るような声に女の子はびくりと肩を揺らす。

「ご、ごめんなさい」

 すでに怒りが最高潮で爆発寸前の様子。何があったのかはわからないが、あまり良い雰囲気ではない。

「いつもいつもいつもいつもいつも、あんたはどうしてそうなの? なんであんたなんかの母親やらなきゃなんないの?」

 奏介は目を瞬かせた。

「え? あの、大丈夫ですか?」

 良く見れば母親は憔悴仕切った顔をしていた。

「産まなきゃよかった」

 そう呟いた母親は一瞬にして、

「このっ出来損ないっ」

 子供の頬を張ったのだ。止める暇はなかった。

「あっ、ちょっ」

 奏介は慌てて吹っ飛んだ女の子を助け起こす。

「だ、大丈夫か? 頭打ってない?」

「う……うああんっ」

 すると母親は耳を押さえて髪を乱した。

「もおやめてっ、泣かないでっ、うるさいのよ、あたしが何したって言うの? なんでなのよ」

 騒ぎを聞き付けて、そばにいたらしい管理人の男性が出てきた。

「ど、どうしたんですか?」

 まるで修羅場のような惨状に目を白黒させている。

「お、お母さん、ごめんなさい。ゆうこと聞くから怒らないで」

 女の子の声は震えている。

「なんで産まれてきたの? 死ね。死んじゃえっ」

 奏介は立ち上がって振り上げられた母親の手首を掴んだ。

「いい加減にしろよ。小さい子相手に何考えてんだ」

 泣いていた母親は唇を噛み締めた。 

「あんたみたいな子供に、関係ないでしょ?」

「関係ないって、公共の場で子供殴って何ふざけたこと言ってるんですか?」

「っ……! あんたに何がわかるの? これまであたしがどんな思いをしてきたか」

 精神状態に異常があるのは明白だった。何かに追い込まれているようにも見える。

「お、落ち着いて、お子さんもいるんですから」

 管理人の男性もなだめようと必死だ。

「管理人さん、一応警察を」

 小声で言うと管理人さんは頷いて慌てた様子で事務所に戻って行った。

「何も知らないから適当なこと言えんのよ。その子はね、あたしの会社の上司だった男の、子供なのよ」

 奏介は腕を離して距離を取る。すると女の子が腰辺りに貼り付いてきた。

「この子が出来たから、あたしは捨てられて、あの人は結局奥さんとその子供を選んだの。だから一人で子育てをするはめになってる。その子が産まれてこなければあたしは」

 奏介はその言い分に呆れ顔でため息を吐いた。

「大騒ぎしといて随分下らないことで悩んでるんですね」

 母親はぎろりと睨んできた。

「なんですって?」

「下らない悩みをお持ちで、と」

「っ! 何も知らない癖に」

「俺、高校生で未成年で社会に出たこともない身ですが、ちょっと意見言いますね」

 奏介はこほんと咳払いをした。警察が来るまでの時間稼ぎだ。

「とりあえず、あなたは不倫したことを反省しましょう。妻子持ちの上司と仲良くしちゃいけないってわかってますよね? それでも仲良くしちゃったんですよね?」

「それは、あの人から誘ってきたから」

「じゃあ、普通に断ったらよかったのでは?」

「っ……」

 反論してこないところを見ると、彼女も浮気に乗り気だったのだろう。

「百歩譲って仲良くしたとして、お子さんが出来ないように努力することは可能ですよね? それもせず、流れに身を任せて、この子をご出産されたと」

「だ、大丈夫だと思ったのよ」

「ちゃんと保健体育の授業でやらなかったんですか? 大丈夫なわけないでしょう」

 母親は一歩後退した。

「だって、あの時は」

 奏介はちらりと玄関の方を見る。警察の到着はまだかかりそうだ。

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