小学生の頃のいじめっ子と再会したので全力で反抗してみた1
週明けの月曜日、放課後。奏介は一人で昇降口を出た。そこで丁度メッセージアプリの着信音が鳴った。
「あ」
送り主はいつみだった。動画ファイル付きだ。
周辺に誰もいなかったので、開いてみる。すぐに緊張した様子のあいみの姿が映し出される。
『あいみ、もう良いですよ』
録っているのはいつみのようだ。
『えと……そうすけ君、しおんちゃん。土曜日はありがとうございました。また遊んで下さいっ』
そう言って頭を下げる。遊園地の帰りに眠ってしまったので、別れの挨拶が出来なかったのだ。
それの代わりだろうか。
『すごくたのしかった。また遊びに行くね』
あいみは照れ臭そうに手を振るとフレームアウトして行った。
微笑ましい。恐らく、詩音にも送られているのだろう。
校門を出てしばらく行くと、前方から他校の三人組が歩いてくるのが見えた。奏介は端に寄って、何食わぬ顔で通りすぎようとしたのだが。
「よお」
いきなり前を塞がれた。
「!」
茶髪のロン毛高校生がにやにやと笑いながら、こちらを見てくる。
「……石田、君?」
「覚えてんじゃん。久しぶり、元気だったか? 菅谷」
「ああ、うん」
「お前桃華なのな。おれは慶伊高なんだよ。めちゃ近いじゃん。前みたいに遊ぼうぜ」
「……」
と、耳元で石田が囁いた。
「でさ、ちょっと金貸してくんね? ほら、遊ぶにも金いるじゃん? 良いだろ?」
腹に拳をそっと当てられる。
「お前がやってたいじめ、全部許したんだからさぁ。それくらい貸せよな」
他の二人はクスクスと笑っている。
「ちがっ! あれは石田君が」
「口答えすんなよ。一万で許してやるよ。二時間後、桃原高台公園に来い」
奏介はうつむいた。
「じゃあなっ」
肩を叩かれ、彼らは去って行った。
奏介は立ち尽くし、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
◯
桃原高台公園は町の外れにある。細い丸太を積み重ねたような階段を登って行くと見晴らしの良い広場に出る。芝生が敷き詰められ、鉄棒と前後に揺れるパンダとウサギの乗り物が配置されていた。
ベンチはいくつかある。
その一つに座りながら、石田は二人の友人と話していた。
「でさぁ、カッター向けたらあいつがおれを突き飛ばしたわけよ。おれは運悪く怪我して、あいつがいじめてたってことになってさ。親と一緒に謝りに来たんだぜ? ウケんだろ。マジで傑作だったー」
「やばっ、ひどっ」
「こっちは怪我してんだから当然だろ。おかげでしばらくいじめっこ扱いだぜ。ははは。マジでバカだよな」
と、菅谷奏介が階段を上がってくるのが見えた。
石田が立ち上がる。
「よっ、持ってきたか?」
奏介は泣きそうな顔で頷いてポケットから裸の一万円を取り出した。
「おー、偉いじゃん。んじゃ、明日は二万な」
奏介は目を見開いて顔を上げる。
「え、これで終わりじゃ」
「んな訳ねぇじゃん。ちゃーんと持ってこいよ?」
石田はそう言って、
「んじゃな」
一万円をひらひらとさせながら、石田は公園を後にした。
その翌日のこと。
あくびをしながら教室へ入ると、クラスメートが一斉に石田へ視線を向けてきた。
「……は?」
それからひそひそと話し出す。
「なん、だよ」
戸惑いながら席に着くと、友人の一人が慌てた様子でスマホを見せてきた。
「なぁ、やべえよっ、これっ」
「え? っ!!」
SNSのとある呟きである。十数枚の写真と共に、
『昨日、桃原高台公園でベタなかつあげ現場見たwww慶伊高校の生徒wwこれって警察通報案件?』
とコメントが添えてあった。
奏介が一万円を手渡しているところが写っていて三人の顔もバッチリ写っていた。しかもご丁寧にアップにして証明写真のように三枚載せてある。
コメント欄は荒れに荒れていた。石田達を非難する言葉だらけだ。
『慶伊高? 特定はよ』『最低じゃん』『何、笑ってんの、このロン毛きも』『いや、警察案件だろ』
「この呟き誰だよ!? うちの生徒か!?」
声を荒らげる石田。
「わ、わかんねぇんだよ。捨てアカみたいだし。つーか、こいつの写真付き呟き、目茶苦茶拡散してるし。後、うちの学校の掲示板とかこの町のスレッドとか色んなところに貼られてて」
「は……?」
見えない悪意と得体の知れない何かをスマホの向こう側に感じ、呆然とする。
「ど、どうすんだよ。これ顔が」
石田は立ち上がって、机に手をついた。
「これはかつあげじゃねぇ! 貸した金を返してもらってただけだっ」
クラスメート達が信じたかはわからないが、とりあえずはヒソヒソ話は止んだ。スレッドやSNSには『かつあげとは限らない』『貸した金を返してもらってただけかも』というようなコメントをひたすら打って行った。信じた人もいれば信じなかった人もいる。そのかいあってかつあげ写真騒動はその日のうちには落ち着いたのだった。
特定されるなんてことは無さそうだ。
◯
奏介は珍しくパンをかじりながらスマホを操作していた。真崎が紙パックのお茶をすすりながら見てくる。
「ん、どうかした?」
奏介が首を傾げる。
「ああ、いや。今日はやけにスマホチェックが多いなと思って」
「そう? ちょっとやらなきゃいけないことが多くて」
「なんだそりゃ」
と、いつの間にか詩音と水果が机の横に立った。
「ね、ねぇ奏ちゃん? これって奏ちゃんと石田君だよね」
スマホには掲示板に貼られた写真が表示されている。
「ああ、そうだね」
「あのさ、菅谷。コメントにもあるけど、かつあげされてるように見えるのは気のせいかい?」
水果も困惑した様子で聞いてくる。
「昨日、がっつりされたね」
「うえ!? マジかよ!?」
「うん。一万円盗られた」
「そ、それで? どうしたの?」
詩音が恐る恐る問うて来る。
「詳しく聞きたい? 呼び出された公園に三台のカメラを仕掛けといて撮れた映像をネットにばらまいた。ついでに画像を高画質に編集して顔も晒しといた」
奏介は笑ってスマホの画面をタップする。
三人は開いた口が塞がらないようだ。
「おま、マジか」
「言っておくけど、喧嘩売ってきたのは向こうだから。こっちは一万円盗られてるんだよ? これくらい可愛いものでしょ」
「奏ちゃん……小学校行く度に泣いてたけど、強くなったね。……強くなりすぎだよ……」
「気のせいじゃない? 高校生なんだから、あの頃とは変わるでしょ」
「いや、なんとなくだが、伊崎はそういうことを言ってるんじゃねぇと思う」
「うん。ずれてるよ、菅谷?」
「そう?」
今日の財布の中身は二万円が用意されている。