女湯を覗こうとするヤンキーに反抗してみた7
男の気配に、掴まれた拳を振りほどいて、とっさに後ろへ飛び退いた。
「んだ? てめぇ。じじいが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「じじい? 25の男捕まえてさすがにそれはねぇだろ。お兄さん、だよっ」
「がふっ」
腹に膝蹴り。
容赦がなかった。学校の教師も、親も、拳を握りしめながら震えるばかりで手など出してこなかった。手を出したら、社会的に問題になる。それのせいで、我慢してる大人達が滑稽で3人で笑ったものだ。
「ぐ、ぐぅ……」
腹を押さえて睨みつける。
「こ、こんなこと、して、ただで済むと、思って、んのかよ」
男は嘲笑する。
「弱っちぃくせに、脅しか? 今の感触、受け身も取れてねぇじゃねえか」
「ふ、そういう、意味じゃねぇよ。傷害罪って、言葉、知らねぇのかよ」
「ほ〜。銭湯で暴れてたオカマヤンキーが傷害罪を説くのか」
「ぐっ……」
やはり、あの配信は不特定多数の人間に見られていたとみて間違いないようだ。
「まぁ、そうだな。お前ら未成年は法律に守られてるもんな? じゃあ、証拠が残らないように、どこかへ売っぱらうわ」
「……え」
「正当防衛とはいえ、未成年に一発入れたからな。被害届けとか出せないように消えてもらう」
「っ……!」
「親とも仲悪いんだろ? そんな親じゃあ探しもしねぇだろうし」
黒木は先ほどの両親の顔が浮かんで震えた。この男が言うように、どこかに売り飛ばされたら、親は探してくれるだろうか。
(オレ、見捨てられた、から……)
母親の冷たい表情が頭から離れない。いつも優しくて、味方をしてくれて、だからこそぶつけていたイライラ。
「あぐっ」
地面についた手を靴で踏まれた。
「おっと、間違って踏んじまった。悪いな」
暴力に対する容赦がないのは明白だ。この男には何をされてもおかしくない。じじいと馬鹿にしたが、成人男性には勝てない。
体がブルブル震え出す。
と、男の意識が別のところへ行った。
「ん? 電話か」
男のスマホが鳴っている。
チャンスだと思った。この男は有言実行すると確信していた。逃げるなら今だ、と。
「っ!」
バネのように体を起こし、駆け出す。
「てめぇ、逃げんなっ」
怒声に鳥肌が立ったが、構っていられない。商店街を抜け、スナックや飲み屋が多いエリアへ。細い路地に逃げ込んで、肩で息をする。
「はぁ、はぁ」
これからどうしたら良いのか、まったく分からなかった。
(どうする、どうするっ)
と、その時。
「ねえ、君」
振り返ると、筋肉質の男性が笑顔で近づいてきた、
「……なん、だよ」
「いや、君確か配信に出てた男の子だよね? 結構タイプだったからさぁ。あれだけ堂々とカミングアウトしてたから、感心しちゃって。相手探してんのかな? 君がオッケーなら、色々教えてあげるけど、どう?」
「……」
ふと見ると、ズボンが少し膨らんでいるような気がした。暗いからもちろん気のせいかもしれない。
「っ……」
彼の言動の意味に気づいて、ぞわぞわした。
「は、ふざけんな! 変態っ、キメェんだよ! オカマ野郎。そんな趣味はねぇよ!」
男の表情が曇る。
「変態って、随分な言い方だね。ただナンパしてるだけなのにさ。オカマ野郎は君でしょ? 配信で言われてたじゃん」
「っ……!」
その瞬間、黒木は男に顎を掴まれた。
「うぐっ」
「そんな趣味はねぇなら、心が女だとか適当なことほざいてんじゃねぇよ。こちとらゲイだが、それなりに苦労してきてんだわ。言葉には気をつけろよ」
鋭い目の光、地面がなるような低い声。静かな怒りが見えた。
顎を離されて、慌てて逃げ出す。
「はぁ、はぁっ」
全世界配信の恐怖。誰も彼も自分のことを知っていて、それで声をかけてくる。家出をしたとしても、自分のことを知っている人はたくさんいるのかも知れない。
(ヤバイ、ヤバイっ、どうしよう。どうする)
とにかく考えた。この状況より、ましになる方法を。
黒木がない頭をフル回転させた結果。
黒木家の玄関で、土下座をしていた。
「オレが、悪かった。バカだった! 許して下さいっ」
両親の前で、額を床にこすりつける。両親は戸惑った様子で見下ろしてるだけだ。
「頼む、家に、置いてくれっ」
ここまですれば許してもらえるだろう。何しろ、自分達の息子がここまでしているのだから。
「馨……」
母親の声を遮るように、玄関がガラッと開いた。
「!?」
はっとして振り返る。
「家出するとか言ってたけど、へぇ、戻ってきたのか」
そこには、奏介が立っていた。
「なっ」
何故こいつがここに? と。
しかし、そんなことを考える前に制服の警察官が玄関に入ってきた。外にはパトカーが。
例のおじいさん巡査ではない。若い警官達だ。
「ゆきべ銭湯への業務妨害、従業員への暴力行為、器物損壊などの疑いで事情を伺いたいので、署まできてもらいます」
あっという間に立たされて、両側を警官に押さえられる。
「ま、待てよっ、ただふざけてただけで」
すがるように、両親を見ると母親が泣いていた。
「母さん、大丈夫か?」
父が声をかけている。
「良かった……これで、ご近所に迷惑かけなくて済むわ。もう、限界だったから」
その言葉に絶望した。心底ホッとした様子に、自分の今までの行動を思い返す。
「何をしたら母親にあそこまで言わせるんだよ。調子に乗りすぎ。反抗期で犯罪は笑えないわ」
奏介の言葉に何も言えなかった。
◯
黒木が連れて行かれた黒木家にて。奏介はふうっと息を吐いて、両親に向かい合う。
「あの、これからが大変だと思いますけど」
「いや、良いんだ。妻も言ったが、あの子が暴れて、謝罪に行く日々は限界だったから」
「これで、ちゃんと反省して、心を入れ替えてほしいわ。ちゃんとした大人に……少しでも近づいてくれるって信じたい。わたしは、あの子の母親だから」
「おれだって……信じてるさ」
親子の絆は、やはり固いのだろう。
奏介はこくりと頷く。
「そう、ですね。応援してます。お二人は、体を壊さないように気をつけてくださいね」
「ありがとう、菅谷君」
奏介は頭を下げて、黒木家を出た。他2人も同じように逮捕されたとのこと。
スマホを見ると、着信が。
「はい、もしもし」
『どうだ。上手く行ったか』
「はい。パトカーで今連れて行きされました。あの、こんなところまで来てもらってありがとうございました。匿名6さん」
『正真正銘のイキリガキだったな。ちなみに、こっちは殴られそうになった。その上で正当防衛しかしてねぇから』
「あ、はい。仕方ないですね」
正当防衛なら仕方ない。
「協力者さんにもお礼を言っておいて下さい」
『分かった。あいつも今の彼氏が出来るまで苦労したらしいから、腹立ってたらしいし、スッキリしたとよ』
黒木をナンパしたゲイの男性は匿名6の知り合いだったのだ。すべて上手く行った。
『それじゃ』
「はい、また」
(それにしてもちゃんとした大人か。黒木のお母さんには悪いけど、次何かあったらあいつの人生潰さないと。学校でいじめとかやってそうだし。……実際いじめもやってたとしたら絶対に許さないけど)
学校を退学になるだろう黒木、今更確認しようがない。




