女湯を覗こうとするヤンキーに反抗してみた6
その日は村人達の好奇の視線に耐え、時には威嚇しながら、立ち入り禁止の学校の屋上へ逃げ込み、そこで三人で煙草をふかして帰宅することにした。と言っても、黒木が家に着いたのは深夜の三時過ぎだった。
(多分、親父達は寝てんだろ。くっそー。馬鹿にしてきた奴ら、明日から締めてやるからな)
裏口から鍵を使って開けて中へ入る。台所を通って、自分の部屋へ向かおうとして廊下と階段の電気がパッと点いた。
「ちっ、ああ、待ってたのかよ? こんな夜中に説教か?」
振り返ると、両親が立っていた。いつもの悲し気な怒り顔ではないことが意外だ。ほぼ無表情である。
「んだよ、文句あんのか? ああん?」
「大事なことを伝えておきたくてな」
父は黒木の態度に表情を変えず、肩をすくめた。
(……なんだ?)
父は煽れば、怒鳴って無駄な説教をしてくるので、その後は罵詈雑言を浴びせれば大人しくなったのに。何やら様子が違う。
まるで自分がキャンキャン鳴く煩い犬で、それを見て冷静にあしらっている飼い主のよう。何より、どうでも良いとでも言いたげな二人の視線が不快だった。
「お前に大金をつぎ込んで学校に行かせているのが馬鹿らしくなってな。今日、母さんと一緒に校長先生の家に退学届けを出してきた。受理は明後日の月曜日になってしまうそうだがな」
「……は!?」
退学届け? 退学? 一瞬焦ったものの、すぐに冷静さが戻ってきた。
「へえ、そりゃいいや。学校なんてめんどかったし、良いんじゃね?」
ぴくりと二人の眉が動いたのを見逃さなかった。
(浅知恵の脅しかよ~)
必死に演技しているのかと思ったら笑えて来る。
「……そうだな。ところで、ゆきべ銭湯を経営する行部さんの家から、警察に被害届がだされたそうだ。浴場を壊したり、行部さんの奥さんに暴行を加えたんだろう? ちなみに向こうは弁護士を立てて損害賠償請求もされるようだ」
「へ~。そりゃ大変だ」
ニヤニヤ。どうせ脅し、まともに聞いていても仕方ない。
「ねえ、馨。あんたいくら出すの?」
「何を?」
「金に決まってんでしょ。損害賠償って言葉の意味を知らないみたいね」
母の表情は今までになく冷たい。ぞくりとした。
「あんたが銭湯の物を壊したから、弁償しろって言われてんの。で? いくらだすつもりなのよ」
「なーんでオレが出さなきゃ」
「あーあ、頭が悪い子供には何度説明すればいいのかしら? 馬鹿は治らないのね。つべこべ言わずに賠償金だしなさいよ」
「!」
少し怒鳴っただけで泣くような母親の声は鋭くて、言葉に詰まる。
「おいおい母さん。こんなゴミ息子に出せるわけないだろう」
「ご、ごみ!?」
カッと頭に血が上る。
「調子に乗ってんじゃねえぞ!! 親面すんな!」
二人そろって、ため息。暖簾に腕押し。怒鳴って黙らすことができないのは初めてだった。
「出せないみたいだから、わたし達が出しておいてあげる。感謝くらいしてよね。大金支払えないんだから」
「そういえば湯船に大便もしたそうじゃないか。他人様の家で漏らした息子のブツを処理しなければならないとは。いやあ、情けない」
「オムツでもすれば? わたしは替えてあげないけどね」
馬鹿にするように言われる。
「はっ、なんっだ、それ! んなことしねえよ。ぼけ老人が! 言ってろ!」
階段を駆け上がって自分の部屋へ逃げ込もうとするが、二階の入り口がガムテープで封鎖されていた。
「あ……!?」
「ちょっと、わたし達の家に勝手に入らないで」
「お前の部屋はもう片付けて物置だ。さっさとどこかへ行ってくれ」
「……何言ってやがるんだ」
二人の目が冷めていた。
「部屋に漏らされたらたまらないし」
「ああ、臭くなるしな」
「だ、だから」
当たり前だが漏らしてなどいない。軽蔑するような目、本気で信じているのだろうが。
「お、オレの部屋に入って何が悪いんだよっ」
「黙りなさい、女装癖のうんこ息子。良い? わたし達は責任を持って息子であるあんたの後始末をするけど、その後はもうどうでも良いの。親面すんな? 上等よ。さっさと出て行きなさい」
「……!」
まさかここまで罵倒されるとは思っていなかった。思ったよりショックだった。二人が永遠に親であり、何もかも許してくれる存在だと安心していたし、信頼していた。
「っ……!」
「ここで土下座すれば、息子として置いてやってもいいが、その態度では飯を食わせたり住まわせるのは厳しいな」
「お、親のくせにネグレクトってことかよ!? 児相に電話してやろうか」
「良いんじゃない? やってみれば? 児童相談所ってどういうところかしらないみたいね」
母親の馬鹿にしたようなクスクス笑いに背筋が凍った。
「っ」
黒木は裏口から外へ飛び出した。
(家出、してやるよ! クソ親共がっ)
走り出してすぐ、角で誰かにぶつかって尻もちをついた。
「っ、痛っ! てめ、気をつけろ」
相手を確認せず、立ち上がって殴りかかろうとすると、その拳をがっちりと掴まれた。
「ぶつかっておいて、なんだ? クソガキ」
見た目はサラリーマン風の若い男だった。しかしその目は鋭くて、獣のように光っているように見えた。
〇
自分達の息子、黒木馨が走り去って、黒木夫妻はその場にへたり込んだ。
「お疲れ様です。黒木さん」
奥の部屋から出て来たのは奏介である。
ヘッドセットとマイクが一体型になった通信機器を装着している。
「こ、これで本当に良かったのかい? 菅谷君」
「なんだか、体が震えてるわ」
二人は疲れたように耳につけていたイヤホンを取る。
つまり、先ほどの言動は奏介からの指示だったのだ。
「ええ、ダメージあったみたいですし」
夫妻は顔を見合わせる。
「ショックそう、だったわよね」
「ああ」
かなり冷たいことを言った。その自覚があるからこそ、息子はまだまだ自分達に最悪の形で甘えていたのだと分かった。
「それにしても母さん、演技上手いな。なんかこう迫力が」
「そう? 菅谷君の指示に従っただけで」
奏介も心の中で同意した。
(ノリノリみたいに見えたのは気のせいだったのか)
普段から優しい母親にああ言われたら、誰でもビビるに違いない。
(さてと、後は)
次の準備をする。
他二人も奏介の助言で同じようなことを親に言われたのですが本編は省略します。読みたい方がいれば、おまけで書くかもしれません!




