注意したカラオケ店員に嫌がらせをする迷惑客に反抗してみた3
その頃、菅谷洋輔はとあるオフィスビルの一室にいた。上嶺議員が所有するビルらしい。
「失礼、待たせましたな」
上嶺が入室し、ガラスのローテーブルを挟んで中年男同士で向かい合う。
「それで? わざわざ時間を作らせて、何を話そうと?」
「言ったでしょう。あの会社からこの私をクビにする理由ですよ。まさか、お宅の息子さんがうちの息子とやり合って、負けて駄々をこねたから、嫌がらせをしたとか言いませんよねぇ? そんなクソガキみたいな理由で、それなりに実績がある人材を、なんの条件もなしにクビにするだなんて」
上嶺議員はビクッと肩を揺らした。
洋輔は両手を組む。
「ねえ、上嶺先生。立場と権力を利用して遊ぶのも良いですけど、人手不足の今、そういう子供みたいなことは止めましょうよ。我々の会社のことを何一つ知らないあなたが、関わっている会社に圧力をかけて一社員をクビにする。メリットがあるんでしょうかね? まあ、私をクビにするくらいですから、さぞかしあなたはエンジニアの仕事を完璧にこなせるんしょうなぁ?」
上嶺議員がふっと笑い、手を組んだ。
「……ぺらぺらと喋るのは良いですが、何か勘違いをしているのではないですかな? 私はそのようなことはしておりません。失礼ですが、あなたがクビになるのはそれだけ無能な社員という証拠では?」
さらににやりと笑う上嶺議員。
「はっ、はっ、はっ。偉い先生は煽りもお上手ですね。バニーガールの格好をした女性を半裸にして喜んでいる姿とのギャップがなんとも」
懐から出した写真はまさに、洋輔が口にしたまんまの光景が映されていた。
「っ! やっぱり脅したいか! 貴様、一体いくらほしいんだ?」
洋輔は肩をすくめた。
「まあ、まあ。まずはそこに膝ついて土下座しましょうか」
「は……何故そんなことしなければならないんだ?」
「この写真はバラまかれたいんですか?」
「ぐっ……ひ、卑怯者めっ」
「国民の金を使って遊んでるあなたが悪いでしょ。休みの日に自腹で行けば良かったのに。国民はバニーガールの半裸のために金払ってるわけないでしょうよ。真剣な顔で経費で落とすための手続きをしていたかと思うと笑えてきますね」
「くぐ、この」
とんでもなく悔しそうである。
洋輔は肩をすくめた。
「そんな屈辱に耐えられないというなら、私をクビにしろという命令を今ここで撤回していただきましょうかね?」
「前置きは良い、いくらほしい?」
「いやいや、だから、私は今の仕事を続けたいのですよ。あなたみたいにバニーガールには興味ないですからね。私は今の仕事に誇りを持っていますから」
睨みつけてくる上嶺議員、その時、洋輔のスマホが鳴った。
「失礼」
洋輔は画面をタップして耳に当てた。
「はい、菅谷です」
『菅谷クン! 事務の人間から連絡があって。君に……』
相手は洋輔の、会社の日本人の上司だった。
『横領の疑いがかかっている』
「横領? 私がですか?」
『しょ、証拠もそろっていて。とにかく、戻って来てくれないか。これから調査委員会が立ち上げられて、君に聞き取りも行われる』
「了解しました。明日の夜には戻ります。その前にもう一度お電話しますので、出られるようにしていてもらえますか?」
『あ、ああ。……いや、というか、本当のところはどうなんだ? 本当に』
上司は心配げに小声で聞いて来る。
洋輔はふっと笑う。
「そんなことするわけないじゃないですか。まあ、とにかく調査委員会にそう伝えて下さい」
見ると、上嶺議員は複雑そうな顔をしていた。
洋輔は無言で通話を切った後、何やら操作をして、
「はい、ではお疲れ様でした」
洋輔はスマホを胸ポケットにしまって、歩き出す。
「……は、ははは。なんですかな? さっきまでの勢いはどうしました?」
洋輔は上嶺議員の横を通り過ぎ、部屋のドアのノブに手をかけて、振り返る。
「勢いですか? それはそれとして、うちの会社の事務にあなたのお仲間がいますよね?」
「な、なんの話かね」
「証拠も揃っているとか。はて、誰でしょう? やはり日本人かな? 事務の人間なら、浅沼、畑、伊藤、六ツ野、野庭」
上嶺議員はびくっと肩を揺らした。
「ほう。分かりやすくて助かりますよ。新人の野庭君は私を良く思っていなかったのかな?」
「ほ、本当に、よく喋る人ですな。しかし、これは脅迫ですよ。いわれのない写真を盾に脅かして」
「あ、そうだ。交渉の余地がなくなったので、新聞社と週刊誌とテレビ局にバニーガールとの記念写真は送っておきましたよ」
「……え」
洋輔はすっと目を細める。
「横領の罪を着せる、中々良いやり方ですね。ですが、もはやアウトですよ。残念でした」
後日のニュース。
『一か月前、桃糠町にあるホテルで、行われた食事会を主催したのは岡晴文議員。参加者は上嶺議員など数十名に上るということです。パーティ中にウエイターの女性が過剰な接待をし、脱衣するなどの一幕もあったとのことで、調査を進めています』
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ニュース報道数日前。
野庭あんじゅはファミレスで上嶺有孔と向かい合っていた。
「へ~。なんか冴えない陰キャって感じなのにメチャ危険人物なんですねー」
「ああ、気に入らない人間には容赦はしないからな。僕も目をつけられてる」
野庭は顎に手を当てて、うーんと唸った。
「なんていうか、ただの嫌がらせに警察呼んでイキるって相当間抜けじゃないですか? やってること、ママに告げ口して怒ってもらおうって言う発想でしょう?」
「と、とにかく、お前の方はちゃんとやってるのか?」
あんじゅはメロンソーダの入ったコップのストローをくわえた。
「やってますよ~。うちのお祖父ちゃん、有孔君のパパには頭が上がりませんからね」
倒産寸前だった野庭の祖父の会社は、上嶺議員の手回しによって救われたことがある。その時に知り合ったのが上嶺議員の息子である有孔だ。
「ちなみに、今は副社長のパパが海外出張してるところです」
「なんでもいい、とにかく上手くやれよ!」
上嶺はそう吐き捨てて、席を立つと、そのまま外へ出て行った。
「上手くやれって言われても~。まあ下里君達に菅谷とかいう奴の報告だけしときますかね」
さすがに下里も警察から解放されているだろうとの予想だ。
と、テーブルの上に少し強めに、手が置かれた。
「!」
見上げると、奏介が鋭い視線でこちらを見ていた。
「下里、傷害罪になるから、遊びの連絡は出来ないと思うぞ」