土岐ゆうこafter7
被告である土岐ゆうこが証人台に立った。
尋問が開始されるが、駒込は緊張を隠し切れずにいた。土岐が何を言いだすかわからない。しかしもこちらに有利なことは言わないだろうという確信があった。
見ると、奏介がドヤ顔でこちらを見ていた。
(! このガキ)
法廷で嘘を吐いていることに全く悪びれていない。というよりも、全力でこちらを陥れてやろうという意思を感じる。彼にとってこの裁判は、いわゆる真実を明らかにするための場ではないということだ。
「ではお願いします」
裁判長の指示で、原告弁護士が返事をした。
「被告人、あなたは以前から証人に対し、過度な指導を行い、他の児童からのいじめを助長していたとのことですが、事実ですか?」
「事実なわけないでしょう! そもそも、菅谷奏介が問題児なのがいけないのよ!」
原告弁護士は顔色一つ変えない。
「そうだったとしても、教科書や上履きに落書きをするという行為を止めないのは大人として、教育者としてどうなのか? というところです」
「それは……自業自と」
「裁判長」
駒込が挙手をした。
「原告弁護人の私情が挟まれています」
裁判長が少し考えて頷いた。
「そうですね。弁護人、気をつけて尋問を進めて下さい」
「はい」
原告弁護士は頷いて、
「失礼しました。しかしながら、いじめの物証があるのは確かです。止められなかったのには何か理由でも?」
(頼む、土岐さん)
土岐は原告弁護士を睨んでから、
「止めなかったのではなく、止められなかったのです。こちらは何度も注意しましたが、双方やり合ってしまい、特に菅谷奏介は私に対してやったように言葉で煽っていましたので」
「つまり、物証がないだけで彼も同じことを同級生にしていた、と」
裁判長の言葉に、
(よし)
駒込は逆転のチャンスを感じた。ようやく土岐が冷静になれたようだ。裁判長の様子に、彼女も自信が出たらしい。
「そうです。その対象が同じクラスの石田春木君で、とびきり酷いことをされていました」
「石田春木君、ですか。先日恐喝事件と傷害事件で逮捕された彼のことですね?」
原告弁護士が冷ややかに言う。裁判長の表情が険しくなる。
(また余計なことを!)
土岐は石田がお気に入りだったらしく、その彼が奏介に嫌がらせをしていたとのことだった。とは言え、石田は捕まっているのでその名前は出してほしくないと暗に伝えたつもりだったが。
「そうですけど、それは菅谷奏介にはめられてしまったんです。冤罪の罪を着せたのです」
「冤罪ですか? しかし、恐喝された複数人の被害者の証言は一致していますよ。菅谷君が介入したという話はありません。それに、いじめの延長で菅谷君に嫌がらせをしたのなら、この傷害事件も納得は行きます」
原告弁護士が言うと、裁判長が頷いた。
「その件は聞いています」
「違います! 言葉で罵って誘導されたのです!」
原告弁護士はこほんと咳払いした。
「裁判長、石田春木とその他のクラスメートの中には菅谷君を怪我させて逮捕まで至っている人間もいます。被告人は元教え子達を束ね、小学校のいじめを今まで延長してたのでしょう」
「はあ? そんなわけないでしょう! ありえません!」
「充分可能性はあると思いますが、土岐さんの言い分は何か根拠でもあるのでしょうか」
裁判長が首を傾げる。
土岐はプルプルと震えた後、
「根拠なんてありません! そこの菅谷奏介は、誰がなんと言おうと問題児で、私の石田君をいじめた張本人なのよ!!」
駒込は開いた口が塞がらなかった。その魂の叫びは法廷内で響いて、すぐにシンとなる。
「……もはや、話し合いは続行不能ですね。判決を言い渡します」
裁判長の表情はかなり険しい。
『主文、被告は原告に100万円支払え』
あっという間だった。土岐の発言に静かに怒りをあらわにした裁判長の判決言い渡し。そこで、完全敗北が決まってしまった。
「ちょっ……! あんた! どうなってんのよ、無能弁護士!」
はっとする。土岐の怒りは駒込に向かっているようだ。
「はあ? こっちはあんたの発言に振り回されて上手く弁護が」
「プロの癖に、上手くできないってなんなのよ!」
「静粛に」
裁判長が木づちを叩きながら言う。
と、奏介が立ち上がった。
「土岐先生」
奏介に振り返る土岐。
「お疲れさまでした。生徒の石田君に恋愛感情を持って、贔屓をした上、いじめを容認したことは反省して下さいね。そこのド素人弁護士と一緒に」
奏介は言って、裁判長を見た。
「裁判長、これで締めで良いと思うのですが」
「そうですね。これにて閉廷」
駒込は見た。奏介がバカにしたように鼻を鳴らしたのを。
(クソガキっ! くそおっ)
駒込の弁護士としての評判を落とすことになったのは言うまでもない。
〇
菅谷奏介の弁護を終え、原告弁護士であった生井出は駅に向かって歩いていた。深々と頭を下げてお礼を言ってきた彼の表情が忘れられない。
「生井出」
声をかけられて振りかえる。
「先生! 傍聴席におられましたよね?」
いわゆる師匠である山田弁護士が歩み寄ってくる。
「見事だったぞ。成長したな」
「はは。半分は菅谷君のおかげですけどね。いやあ、凄い逸材だ」
「うむ」
山田弁護士は頷いて、二人は歩き出す。
「しかし、良かったんすか? 土岐ゆうこに関する情報をおれに流しちゃって」
「ふふ。私はただ君に愚痴っただけだろう」
「あーそうですね。それを勝手にメモったのは僕でした」
苦笑。
「あの駒込とかいう新人に何言われたんすか? ここまで先生を怒らせるとか」
「子供みたいなことだ」
生井出は少し考えて、
「それにしても菅谷君、将来は弁護士ですかね? 才能ありますよ」
「ん? そうか?」
「思いません?」
「誤認逮捕率0%が前提だが、検事の方が似合うだろ」
「あ……怖いこと言わないでくださいよ……」
「ははは」
生井出はふっと息を吐いた。
「菅谷君、泣いてましたよ。やっと終わったって」
「そうか」
二人はぽつりぽつりと雑談をしながら、帰路についた。
※山田弁護士は土岐afterの刑事裁判に登場した人です。
これで4章を区切ろうと思います。いつものメンバーが登場しない上に入院なしであっさりな珍しい締めですが、奏介の中で一区切りということで。次回から通常回&afterが続きます!