大学サークルの飲み会の支払いを気弱な部員に押しつけていたカップルに反抗してみた5 おまけ
月音高正はひや汗をかいていた。
雛原組組長宅である。客間である広い和室にて、雛原組長、そして若頭の大悟が正面にならんで座っている。
「……つまり、雛原組の総力をあげて、その高校生の父親をクビにさせろ、と」
二人とも険しい顔である。
「は、はぁ。実は娘の頼みでして。酷い嫌がらせをされたと……」
「あぁ蓮音ちゃん、だったか」
娘と面識がある雛原組長の表情が緩んだ。
「えぇ、ええ、そうなんです」
雛原組長は腕組みをした。
「その嫌がらせというのは、どんなもんだ?」
「いやその……」
実際は甥の佐賀賢也が大学を辞めさせられて、それを主導した高校生に制裁したいということなのだが、娘自身への嫌がらせと言ってしまった故に嘘をつかなくてはならない。
「その……娘がありもしないデマを流されて、ついでにうちの会社の悪い噂をでっち上げられたという具合で」
「ほう? その高校生の名前は?」
「ええと、確か菅谷奏介……と言いました」
雛原組長がぽかんとした。妙な反応に、月音は戸惑う。
(知っている、のか?)
そう思ったものの、調査済みだ。菅谷奏介は普通の一般家庭に育った高校生であり、父親も単身赴任中なだけで普通のサラリーマンのはず。
と、大悟が組長に声をかけた。
「親父」
「ん?」
彼が自分のスマホの画面を組長へ見せる。すると、息子に対し頷いて、
「話の途中ですまんな。確認しても?」
自分のスマホをかざす組長。もちろん、拒否などできない。
画面を確認した組長は目を細めてから、大悟に何かを指示する。
「月音さん、すみませんね。席を外します」
「は、はあ」
若頭は柔和な笑みを浮かべ、スマホを耳に当てながら廊下へ出て行った。
「して、その菅谷奏介とかいう悪ガキはどういうやつなんだ?」
「!」
どうやら、やる気になってくれたらしい。でっち上げた悪行の内容が良かったようだ。
「それはもう、問題児らしくてですね」
「ほうほう」
こうなったら、徹底的に悪者にして、さらにやる気にしてやろう。前々から雛原組長は正義の味方を気取るところがあるのだ。
(ヤクザなんて、こうやって上手く利用するのが正しい使い方だ)
冷や汗が伝うが、上手く行く、そんな気がしていた。
●
元演劇サークル佐賀賢也は一人暮らしの狭いアパートで寝転がりながら、スマホをいじっていた。
「ふんふんふーん」
アプリに届いたメッセージは次の通り。
『お父様に頼みました。賢也さんの大学復帰もなんとかします。それに、その高校生のことも任せて下さい』
「蓮音はオレに惚れてるからなー。持つべきものは娘に甘い社長とお嬢様、だな。頼んだぜ? へへへ」
月音社長は顔は広いので、大学の件も本当になんとかなりそうである。
(大学復帰だけでも十分だけど、あのオタクソ高校生に復讐出来たらラッキーってことで)
と、スマホの着信音が鳴った。
〇
月音高正が雛原邸宅を訪れてから二時間後。
奏介は雛原邸宅のインターホンを押した。
「おう、久々だな」
「奏介、だっけ?」
スーツ姿の強面男性二人が迎えてくれた。彼らが好意的なのは組長の意向である。
「こんにちは。組長さんはいらっしゃいますか?」
「奥の方へ。通せって言われてる」
彼らについて案内されたのはとある襖の前だった。
「やあ、菅谷君」
反対側から歩み寄ってきたのは若頭、大悟である。
「お久しぶりです。大悟さん」
「元気そうだね」
「はいおかげ様で。先日はお世話になりました」
「若、もう通しても?」
組員が問うと、大悟がゆっくりと頷いた。
「親父、来たぞ」
襖の向こうに呼び掛けると、
「通せ」
組員達によって、襖が自動で開く。
こちらを見上げて来たのは青い顔をした三人である。
月音蓮音、月音高正、佐賀賢也だ。
「こんにちは、組長さん」
「ああ、随分時間がかかったな」
奏介は苦笑いで会釈をし、雛原組長の隣に座ると、彼らは顔を引きつらせる。
「す、菅谷、奏介」
娘、蓮音の呟きに高正が目を丸くする。
「が……は、あ? ど、どういう」
「お、お父様! なんでこいつがここにいますの!?」
「雛原組長!? これは一体どういうことですか? お、お知り合いだった、と?」
「え、し、知り合い!? なん」
蓮音絶句である。
「ああ、この坊主はうちの組の恩人でな。月音社長、おめえの話をこいつに確認したら直接話したいと言ったので来てもらったというわけだ。さっきの、菅谷奏介の悪行を、な」
「いや、そのぉ」
冷や汗だらだら。目をそらすことしか出来ない。
「組長さんから聞きましたけど、なんなんですか、あなた達は。俺を悪者みたいに。文句があるなら、自分の行動を見直した方が良いのでは?」
ぷるぷると震えだしたのは佐賀だった。ばっと立ち上がり、指を指してくる。
「元はといえばお前だろ! お前がネットに名前なんか晒すから! 汚いやり方で人を陥れて楽しいかよ」
「佐賀さんには一度会ってますよね? あの時払えばよかったでしょ」
「はあ? 27万円なんて大学生に払えるわけねえじゃん! それに、なんでオレ一人で払わなきゃならねえんだよ」
「そう思うならサークル仲間の安曇さんに飲み会代29万円押し付けて逃げないで下さいよ。そういう非常識なことしてるから、仕返しされるんですよ。仕返しって意味分かります? やられたことを返されてんの。言っておきますけどいじめですからね?」
「はあ」
佐賀は肩を落とした。
「何が仕返しだよ。払いたくなかったなら自分で来いよ」
「はあ? 人が飲んだ27万払いたい人なんかいるわけねえだろ。いねえよ。皆無だよ。どんな奴が喜ぶんだよ。頭おかしいだろ。それともてめえは喜んで払うのか? ああ?」
「っ……!」
「ちょっと、賢也さんに対して頭おかしいって」
「お前も大概だよ。月音蓮音。関係ない父親や雛原組長を巻き込みやがって。この問題にお前は関係ねえだろ。自分では何もできない癖に首を突っ込んで来るな」
「くっ」
「おい! うちの娘をバカにし」
「組長さん」
「なんだ、坊主?」
「この人、俺の父親をクビにしてくれとか頼んだんですよね?」
「ああ、うちの組を利用してな」
「う……」
「本当に下らない。俺、あなたに何にもしてないですよね? 理由なく人をいじめるって、通り魔ですね。無差別いじめ」
「それは、娘が」
「お、お父様!?」
「挙句は大事な娘に責任を押し付ける、と。今謝れば解決したのに『ごめんなさい』より『娘がやると言った』ですか」
「あ、ああ……」
雛原組長が腕を組んだ。
「この坊主の話の方が筋が立ってんだ。……こんな下らないことにうちの組を利用しようとするとはな。今すぐ出て行け、クズが」
「ひいっ」
「お父様!」
「っ! この卑怯者」
3人は転びそうになりながら、情けなく逃げて行った。
奏介はため息を着いた。入れ替わりで大悟が入ってくる。
「いやあ、随分と骨がない連中だね。というか、さすが菅谷君。てか、親父あのまま見逃すのか?」
「いいや。お灸据えんとな」
「だよな」
咎める気も起きない。
「お二人とも、組の皆さん。本当にありがとうございました。こちらの不手際で巻き込んでしまって申し訳ないです」
二人とも、笑って許してくれた。とんでもなく優しい。
ちなみに帰り道、父と連絡を取った。短い電話だが。
「て、わけで」
手短に事情を説明すると。
『そうかそうか。はは。奏介のおかげで無職にならずに済んだか』
笑い飛ばせるような事情ではなかったが。
「いや、父さん、暴力団がさ」
『そういうことなら、知り合いのマフィアに、な?』
「どういう人脈……?」
『こっちに住んでると色々な』
普通はそんな人脈は出来ないはず。
「さすが、父さん」
コミュ力お化け。色々な意味で勝てる気がしない。
後日、月音が経営する会社が傾いた。どの組という確かな情報ではないが暴力団との関りが噂されたようだ。
カップル出てません!笑 おまけですね。