暴言を吐いて罵ってきた元クラスメート達に反抗してみた3
真崎はここに集まっている奏介の元クラスメート達を順々に睨みつける。
「覚悟出来てんだろうな?」
「ひっ」
野月は悲鳴を漏らしそうになった。何が起こってのか上手く理解出来ない。
「ほんと、なーんにも考えてなかったんだな」
横を見ると、奏介がゆっくりと体を起こした。
「てめ」
奏介はあぐらをかいて、冷めた視線を彼に送る。
「俺がなんの準備もなしに殴られに来るわけないじゃん。昨日の時点でお前がお楽しみ会場ゲロったから、カメラとか録音機材仕掛けてあんだよ」
「は……?」
「は? じゃねぇんだよ。調子に乗ってんのはてめーらだろ。あの頃みたいに楽しくいじめ出来ると思うなよ。しかもここは学校外だぞ? 優しい先生達は守ってくれないだろ。暴行は犯罪だ。分かるか? 人を蹴って怪我させたら、警察の厄介になる可能性があるんだよ。そんなことも分からないのか? 無能が」
「無能、だと!?」
津屋が真っ赤な顔して叫ぶ。
「てか、ニヤニヤニヤニヤ、気色悪い笑い方しやがって。二度と逆らうな? 誰に口聞いてんだよ、偉そうだな」
「てめ、この野郎っ」
今まで許しを請うていた奴が急にイキりだした。この上なく腹が立つ。助っ人にきたらしい奴らの存在が彼を調子ずかせているのだろう。
奏介はゆっくりと立ち上がった。
「このイキリ野郎が! 卑怯なんだよ、人数集めただけだろ。一人では何もできないくせに!」
「何言ってんの? ルールのある格闘技で対戦してるんじゃねぇだろ。卑怯で結構。不正してお前らの人生潰せるなら喜んで数集めるわ。てかその言い方だと正々堂々とやり合いたいってこと? 頼まれてもやらねぇよ」
奏介が鼻で笑うと、昨日と同じように胸ぐらを掴まれた。
「いい気になってんじゃねぇよ、殺すぞ」
「お前、まだ立場分かってないんじゃない? ここで俺を殺してどーすんの? 目撃者何人いると思ってんだよ。頭空っぽだよな、勢いで口にしていい言葉じゃねぇだろ」
「この野郎っ」
激高した野月の拳が奏介へ。その瞬間、
「がはっ」
すでに近づいていた真崎が低い体勢から、野月の腹に一発。
「ぐあぁあっ」
地面に転がり、のたうち回る。
「悪かったな、菅谷、遅れた」
「いいや。来てくれてありがとう。……ていうか、今本気で殴」
「ん? そうか?」
真崎はあからさまに惚けたいよう。
「おい」
津屋がこちらを睨みつけていた。
「マジでふざけんなよ。金ででも雇ってんのか? こんな大事にしてさ。ほんと空気読めないよな。遊びにガチ対応って。そんなんだから孤立すんだよ」
定番の、説教風の負け惜しみである。
奏介はすっと目を細めた。
「てめぇは小学生から成長してねぇのか? 遊びじゃねぇだろ。これは集団でリンチしてんだから暴行罪だよ。ガチ対応? してほしくないなら、最初から言えよ。じゃないと、俺空気読めないからさ。遊びだと知らなくて、警察にも相談しに行ったしな」
「っ……!」
津屋が息を飲む気配。
「こ、このーっ、菅谷のくせにっ」
近くに落ちていた何かの部品を掴んだ津屋が思いっきり投げつけてくる。しかし、それは振り下ろされたバットに叩き落された。同時にひゅんっと音を立てたバットが津屋の目の前で寸止めさせる。
「おい、これ以上奏介の兄貴をこけにすると、ぶちのめすぞ」
「ひっ……!」
連火の目は本気である。
「なぁ、津屋。周り見てみろよ。海堂とか他の野次馬連中逃げたぞ」
「え」
すでにクラスメート達はどさくさに紛れて脱出したらしい。野月の姿もない。
「お前らって他人をボコるためにつるんでんの? 俺のことは殴ってたのに俺の友達が来たら速攻で逃げてんじゃん。このぼっちの負け犬野郎が」
吐き捨てるように言って、
「ちなみにこの二人は厚意で来てくれてんの。金で雇ってるわけねぇだろ、ちょっとは考えろよ」
と、そこで黒服の男性達が津屋をがっちりとホールドして外へ連れてゆく。外には逃げた海堂や野月、他のクラスメート達が車から降りてきて待機していた仲間達が取り囲んでいた。
「た、助けてくれっ頼む」
「オレ達はただ野月に誘われただけで」
「オレら関係ねぇっ!」
「最初は野月津屋海堂だろ! こいつらだよ!」
阿鼻叫喚の裏切り祭りである。
「やぁ、無事かい?」
声をかけてきたのは爽やかな青年だった。眼鏡をかけている。シャツにネクタイをした新人サラリーマンという印象だが。
「あ、はい。もしかして、あなたが」
「うん。雛原大悟だ。はじめまして」
真崎の知り合いの組長の息子、そして先日関わった雛原組組長の一人息子で若頭。
「父がお世話になったね。よろしく言ってたよ。まさか、真崎とも友達なんてね。そんで、こいつらどうする? 海の向こうに旅行でも行ってもらう?」
笑顔である。
「えーと、出来れば警察に」
「ふむ。なら、縛り上げといてあげるよ」
そう言って、
「おい、手足縛ってその辺に転がせ。逃げられないようにな」
「はい、若っ」
黒服達に指示を出していた。
「いやぁ、お疲れっス。奏介の兄貴。悪かったっスね。遅くなって」
奏介は首を横に振った。
「来てくれただけで嬉しかったです。小学生の頃、似たような状況の時なんか味方がいなかったですから」
そう、誰もが敵でどこまでも孤独だった。助けなど、どこにもなかった。
「ありがとう、皆」
彼らを手足のように使ってしまったことに罪悪感はあるが。
「ありがとね」
もう一度、噛み締めるように、口にした。
その日、大悟率いる雛原組の面々と真崎、連火達は野月達をメチャメチャに脅して帰っていった。警察に自分達のことを話したら、報復をすると。
彼らが撤退してから、奏介は見王刑事に電話をし、窃盗と傷害で野月達は逮捕されたのだった。
自分につけていた小型カメラの映像で先に殴られたことを証明しつつ、気絶しているうちに誰かが助けてくれたと誤魔化したのだった。
見王は複雑そうな顔をしていたものの、今までの奏介の境遇などから何も聞かないでくれた。調べれば何があったのか分かってしまいそうだが、雛原組は大きな組織らしいので、警察との間で、いわゆる裏で何かやり取りがあった可能性はあるだろう。
○
いつもの昼食メンバー。風紀委員会議室にて。
「さ、参加したかったっ」
ヒナである。とんでもなく悔しそうな顔で立ち上がったので椅子がガタッと揺れた。
「くぅ、ボクだって本気出せば、菅谷くんを救出出来たのに!」
「どんだけ悔しいのよ。でもま、事後報告されるとなんとなく複雑ね」
わかばが言って、
「……わたしも、何かお手伝いしたかった」
モモもぼそっと口にした。
「奏ちゃん、とりあえず作戦進行中でもこの場で報告義務が発生すると思う」
詩音、真顔である。
「なんでだよ。今回はさすがに危険な状況だったし」
「いや菅谷、報告だけで良いのさ。かやの外だとなんとなく寂しいってこと」
水果の説明は一番分かりやすい。
女子メンバーがうんうんと頷く。
「……ああ」
「そういや今回は、たまたま男連中だけで潰しに行ったな」
「あぁ、そうだな」
そもそも真崎や連火にメッセージアプリでバラしたのは高平である。それがなければ、体一つで乗り込んで警察を呼ぶというシンプルな作戦だったのだが。
(恐怖を叩き込んでくれたから、心が折れただろうけど)
どうやら高平は、ヤバイと思ったらしい。何が、とは頑なに言わなかったが。
(まさかあいつに心配される日が来るとは)
なんとも感慨深い。