悪質転売ヤーに反抗してみた1
かなり前ですが、読者様から頂いたネタを使わせて頂きました!
日曜日。
奏介は詩音と共に大桃駅の駅舎の前にいた。
「あ、来た来た」
詩音が手を振った先には手を繋いで歩いてくるいつみとあいみの姿が。
「そうすけくーん、しおんちゃーん」
あいみが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「待った?」
ちょっと大人びた表情で首を傾げる。
「ちょっとね」
「奏ちゃん、こういう時は今来たって言うんだよ!」
「今来てないだろ」
そんな様子をいつみが控えめに笑う。
「では、よろしくおねがいしますね」
いつみは遊びに連れて行くというのが苦手らしい。買い物は目的を持って素早く終わらす主義なのだろう。
今日はショッピングモールに連れて行く予定だ。
そこから電車に乗って、都会的な雰囲気の小桃駅まで移動することに。
あいみを挟んで、三人で座る。
「いやぁ、空いてるねぇ」
「まだ八時五十分だしな」
ショッピングモールは九時開店だそうだ。
「ねぇねぇ、『魔法使い柚』って知ってる?」
見るとあいみが奏介の服の袖を引っ張っていた。
「魔法使い? アニメ?」
「うん」
「知ってる知ってる。『きらめく魔法と柚の恋』のスピンオフ作品で、戦隊系魔法少女ものだよ。今流行ってるよね」
さすが詩音である。聞くところによると、どうやら保育園や幼稚園でかなりブームになっているらしい。
ふと、根黒の顔が浮かんだ。長見とは上手くやっているだろうかと。
「皆カード集めてるの! 今日はおばさんにお小遣いもらった」
肩がけのポシェットから取り出した小さな小銭入れ、あいみが中を見せてくる。五百円が入っていた。
「へぇ、よかったね。カードか」
おもちゃ売り場だろうか。
「今魔法使い柚のカード凄く売れてて、中々手に入らないんだよね」
詩音が眉を寄せてむうっと唸る。
「うん。お店にあるかなぁ」
あいみは少し不安そうにつぶやく。
「なんかさ、五枚入りのカードパック、ネットで三万〜五万で売られてたりするから、転売してる人も多いっぽいよ」
「あぁ、そういう人多そうだな」
そこで姫の話を思い出した。悪質な転売ヤー『カゴマツ』の話だ。どこかの金持ちの社長らしく、限定品を大量購入し、即座に高値で売りに出すらしい。本当に欲しい人にまったく行き渡らなかった商品もあったとか。
「だめとは言わないけど、まったく興味ないものを買い漁って、高く売るって酷いよね」
詩音も経験があるのかもしれない。
「あぁ、やり過ぎるのはね」
発売直後の限定品を売ったことがある人は多いだろうが思った以上に悪質のようだ。
ショッピングモールへ着いた奏介、詩音、あいみは開店直後のおもちゃ屋へと向かうことにした。
「あれば良いね。あいみちゃん、誰が好きなの?」
「杏子ちゃん! 変身した時の服が可愛いの」
「柚ちゃんの親友の子? オレンジのドレスだよね。うんうん、分かるよ」
女児向けアニメで盛り上がる女子二人の後ろを歩く奏介は辺りを見回していた。
開店直後だというのに人が多い。そして、行列が出来ている店がいくつかある。あまり来ない場所だからか、珍しい光景だ。
吹き抜けになっている三階建てのショッピングモール、エスカレーターでニ階へ移動し、テレビゲームなども含むおもちゃ屋へと入る。
「あ! あれっ」
入り口に立つやいなや、あいみが手前の棚を指で指した。
見ると、『魔法使い柚カード』の文字が記されたパックがぶら下がっている。開店直後だというのにラスト1だった。
「やったね! あいみちゃん!」
詩音が親指を立てる。
「うん!」
奏介は走り出しそうなあいみの手を握って歩き出した。
「お小遣いもらってきて良かったね」
「ほんとは二つ買って良いって言われたんだよ」
「そっか」
それでも、ここで見つかったのはラッキーだろう。
あいみがカードパックに手を伸ばした瞬間、横から伸びてきた大きな手が最後の一パックをかすめ取った。
「え」
反射的に手の主と目が合う。
「あ……や、その……」
メガネをかけた四十代後半くらいの男性だった。彼は少しおろおろしながら、
「ご、ごめんよ、お嬢ちゃん。おじさんもずっと探してて……ごめん、ほんとにごめんねっ」
おじさんは何度も頭を下げながら、レジへと駆けて行った。
呆然とするあいみ。固まる奏介と詩音。
「……えー……。普通は小さい子に譲るよね……?」
「あ、ああ」
突然のことに奏介も一言返事をすることしか出来ない。
「って言いたいところだけど、娘さんのために必死になって探してたみたいな感じかな?」
「そうっぽいね。ネットで五万じゃ、ああもなるか」
奏介達は納得したものの、あいみはさすがにしゅんとしていた。
「あいみちゃん、大丈夫だって。帰りに穴場のゲームショップ連れて行って上げるから」
「げーむ、ショップ?」
「カードたくさん売ってるんだよ」
詩音の知っている場所なら間違いないだろう。
「ほんと?」
「うん。だから、楽しく買い物しよ」
奏介はあいみの頭に手を乗せた。
「別の場所回ろうか。後でおやつも食べよう。ソフトクリームとか」
「ソフトクリーム!」
あいみは目をきらきらさせて奏介を見上げた。
「いちごが良いな」
「いちごソフトか。わかった」
少し元気になったようだが、油断は出来ない。おもちゃ屋から連れ出すことにした。
籠目松吉はショッピングモールのベンチに腰掛け、スマホをいじっていた。フードコート近くの通路である。
「ちっ。全滅かよ」
一人悪態をついていると、
「カゴさん、ちーっす」
金髪の若い男が隣に座ってきた。同業とまでは行かないが、情報交換をしているフリーターの宇津だ。
「なんだ、来てたのか」
「ゲームアニメの限定もの発売多いじゃないっすか。そりゃ来ますよ。ここ、おもちゃ屋とか三か所もあるし。てか、魔法使い柚のカードパックだけまったく手に入らなかったんすよねー」
籠目はにやりと笑って五枚入りのカードパック八袋を見せつけた。
「うえっ、マジっすか。すんげー」
「そんじょそこらのバイヤーと一緒にすんなっての。そういや」
籠目はにやにやと笑いながら、
「最後の一袋はガキの目の前で掠め取ってやったんだった」
「は?」
「ガキが先見つけて買おうとしてたんだよ」
「えー……? そりゃちょっと幼女が可哀想じゃねぇっすか」
「泣きそうな顔して傑作だったぜ。欲しかったらオレのサイトで買いやがれってんだ」
「まじで鬼畜っすね」
籠目は足を組む。
「つーか、一緒にいたやつがもろオタクだったからな。どうせ親戚のガキだまくらかして、買おうとしてたんだろ」
徐々に声が大きくなってゆく籠目。注目を集め始めていた。
宇津は慌てる。
「ま、まぁ、カゴさんの手腕は確かっすね!」
あいみはフードコートの席でソフトクリームを食べていた。いちごとバニラのミックスだ。奏介に買ってもらってご満悦である。
ふと隣に座る奏介が無表情になっていた。不思議に思い、手元を見る。
「そうすけ君……ジュース溢れちゃうよ?」
奏介は、はっとして、握り潰した缶を軽く振った。笑顔。
「もう飲んじゃったから大丈夫だよ」
その隣で詩音が震えていた。
「……地雷&地雷だ」
籠目は気にせず、得意気に自慢話を続けている。
名前が出たので170部人物紹介更新しました。
根黒一、長見慧。




