不快な動画をサイトに上げていたヤクザの息子に反抗してみた5
何が起こったのかは分からない。しかし、自分の不利な状況を創り出したのが、目の前の菅谷奏介であることは直感で理解した。
「てめぇっ! ぐえっ」
叫ぶと同時に父親のげんこつが脳天にぶち当たった。
「組長になんて口聞いてやがるっ! このバカ息子がっ」
ドスの利いた声に唐沢はビクッと肩を揺らすが、
「ち、違っ、俺はあのガキに言ったんだ」
と、雛原組長が唐沢親子を睨む。
「おい、睦美を黙らせろ」
唐沢父が、すぐさま返事をして、唐沢の頭を持って強引に座らせる。
「いててててっ、親父、引っ張んなよ」
頭を押さえつけられながら、涼しい顔で組長の隣にいる奏介を睨む。
「さて。順番に話をきいてやろうじゃねぇか。なあ、睦美よ。この坊主に見覚えがあんだろ?」
組長が静かに問う。
「組長っ、そいつは、うちの組を……雛原組をバカにしたんだ」
「ほう?」
唐沢が興奮気味なのに対し、雛原組長は冷静だ。怒りを抑えているようにも見える。
「今回の騒ぎはうちの若い連中がしでかしたことだ。詫び入れるために話を聞いたんだが、睦美、おめぇ個人とのトラブルらしいな? うちの組となんか関係あんのか?」
「それは……お、オレはこの雛原組の一員だから」
すでにしどろもどろである。
「組長さんや組の皆さんをバカにした覚えはないですよ。むしろ、バイト先で掃除をしていた俺に嫌がらせしてきたじゃないですか。雑巾の水を貯めたバケツをわざわざ床に溢したでしょ?」
奏介は呆れたように言って、
「もしかしてそれは、雛原組長からそうしろと言われたんですか? バケツの水を溢して来いと?」
雛原組長の眉がピクッと動く。こう聞くと、とんでもなく下らない嫌がらせをする組だと言われているように聞こえるだろう。
「うるせぇっ、やっぱりバカにしてるじゃねぇか。そもそも俺のことをクソガキだとかなんとかって」
「濡れた厨房の床に食用の肉を叩きつけて、それをフライパンで焼き、客に出す様子を面白おかしく動画サイトにアップした伊津さん達に協力したんでしょ? それも、雛原組長の指示なんですか?」
「うるせぇうるせぇうるせぇ! 組長、こいつはこうやって遠回しにオレらをバカにしてるんですよっ」
奏介は目を細めた。
「あなたが雛原組の皆さんを巻き込むような言い方をするからそう聞こえるんでしょ」
すると、雛原組長がすっと奏介の前に腕を出した。喋るなと言われているのだろう。奏介は大人しく口を閉じる。
「睦美、動画の件は本当か?」
「それ……は」
違うと否定しても、あのアカウントは唐沢のものだ。調べられれば分かるだろう。
隣の父親はプルプルと肩を震わせている。怒気が伝わってくる。
「随分と下らねぇことに組の名前を出してくれたみてぇだな? おかげで、サツのガサ入れが入ることになったんだよ。分かるか? 何か出すようなヘマはしねえが、うちの組は痛手だ。ついでにこの坊主にも詫びを入れなきゃならねぇ。どう落とし前をつけるつもりだ?」
唐沢は正座した太ももの上で握った拳を震わせる。
「組長さん、俺へのお詫びとやらは結構です。雛原組の方々に何かされたわけではないので。唐沢さんに心のそこから謝ってもらえれば充分です」
「……」
組長はじっと奏介を見る。
「そういうわけにはいかないのがこの業界の常識でな」
と、唐沢父が立ち上がって歩き、奏介の前で土下座の体勢を取った。
「うちのバカ息子が申し訳ないっ」
意外にもしっかりした父のようだ。勘違いしているのは息子だけのようだ。
「いえ、あなたが悪いわけではないので。唐沢さんは親が悪いと言える年齢ではないです。本人に、謝ってもらいたいです」
唐沢父は何かを堪えるように顔を上げる。
雛原組長がまだ遠くで座っている唐沢を見た。
「睦美、こっちへ来い。親父が頭下げてるんだ。おめぇがしなくてどうする」
動かない唐沢。
「おい」
雛原組長が唐沢父へ視線を向ける。
「はい」
唐沢父、立ち上がって唐沢の首根っこを掴み、
「な、何するんだっ」
「うるせぇ、黙れ」
引きずってきた。
奏介の前に放る。
「うあっ!」
「睦美、頭下げろ」
般若の様相で言う唐沢父。
組長達の圧力は半端なかった。
「ぐっ……」
無表情な奏介。唐沢は正座をして頭を畳につけた。
「す、すみませんでした」
すっと奏介が唐沢に顔を近づける。
「イキッてんじゃねぇよ。雑魚が。調子に乗りまくって大人から怒られてんだから、クソガキだろうが」
「んだと!? この野郎っ」
ばっと顔を上げて、奏介の顔面に拳を飛ばす。が、
「!?」
組長が唐沢の拳を受け止めた。
「どこまで恥を晒しやがる、この野郎」
雛原組長がその拳を持って、入口の障子戸に投げ飛ばす。
「うあああっ」
障子を破って、バキバキと物凄い音がした。
「坊主、すまんかったな」
「いえ、謝ってもらえたので、すっとしました」
奏介は雛原組長と唐沢父を交互に見、
「ありがとうございました。後は反省してもらえれば俺としては言うことなしです」
「……そうか」
雛原組長はふっと息をついて、
「おい、睦美の指詰めの準備しとけ」
「はい」
唐沢父が頭を下げた。
奏介は障子戸に突っ込んだ唐沢を見、やはり呆れていた。
(どれだけ状況分かってないんだよ)
あのタイミングで客を殴ろうとしたらこうなるのは明白だろう。どうやら、唐沢は昔ながらの方法で落とし前をつけさせられるようだ。
その様子は特に見たくないので帰ることにした。雛原組長が玄関まで送ってくれるということで、唐沢父に改めて頭を下げ、移動することに。
「わざわざ来てもらってすまんかったな」
腕組みをしながら歩く組長が申し訳なさそうに言う。
「いえそんなことは」
連絡があったのはバイト先の電話だった。いわゆる詫びの電話であり、雛原組長は店への賠償もすると申し出たそうだ。中々律儀な人である。その流れで奏介自身も連絡を取ったのだが、直接話をするということでまとまり、ここへやってきたわけだ。ヤクザの屋敷へ赴く……怖くなかったかと言えば嘘になるが、真崎達に伝えてきたし、見王刑事の電話番号にすぐ繋がるようにしておいたため、どうにかなっただろうと思う。
(ま、あいつが頭を下げるところを目の前で見れたから良いかな)
まったく反省はしていないようだが、彼の周りの人間達は許さないだろう。
「それにしても、度胸があるな、坊主」
「度胸?」
「事情がどうであれ、一人でうちに乗り込んでくるとはな」
「乗り込むだなんて。……でも、雛原組長さんがきちんとした人で良かったです」
奏介は笑顔を向ける。実際は後ろ盾をしっかり固めてきたのだが、脅しになってしまうので言わないで置いたほうが良さそうだ。
「カタギに迷惑をかけるのはご法度だ。当然のことだ」
やはり、決まり事があるのだろうか。
玄関に到着。幹部らしき数人の男達が待っていた。
奏介は靴を履いて振り返る。
「それでは、お邪魔しました」
奏介が頭を下げると、幹部達もそれにならう。
「坊主」
「はい」
「就職に困ったら、相談に乗るぞ」
ニヤリと笑う組長。奏介は苦笑いで誤魔化しつつ、もう一度頭を下げた。
自分の手で制裁を加えられなかったのは残念だが、後は任せるべきだろう。
奏介は雛原邸を後にした。
○
数日後。
奏介は放課後の風紀委員会議後、東坂委員長の前にいた。
「えーっと……そうなんですね」
唐沢が最終的に指を詰められたという話をしたのだが、普通に引かれてしまった。
「まぁ、そういう世界の方なので仕方ないのかなと」
「そうですね。……店長も賠償してもらえることになったようなので」
もちろん、伊津の家族と小路にも請求したそうだ。小路に至っては辞めて逃げたが、店長曰く許さないとのこと。何しろ唐沢のヤクザという肩書を利用して店をバカにしていたのだから。
「すんなりヤクザ絡みの問題解決するってあんた何者なのよ」
振り返ると、わかばが呆れ顔で立っていた。
「どう見ても、普通の高校生だろ。それ以外に何があるんだよ」
「言い返せないのがなんか悔しいわ」
「橋間さんもありがとうございました。針ヶ谷君にもお礼を言っておいてくださいね」
「ああ、良いんですよ。こいつの面倒を見るのはわたし達の仕事なんで」
「橋間、あんまり調子に乗るなよ」
わかばがびくっと肩を揺らす。
「乗ってないわよ!?」
いつものやりとりである。
東坂委員長はくすくすと笑って、
「菅谷君達のグループは本当に皆、仲が良いですね」
否定はしない。本当のことだと胸を張って言えるのだから。
わかばと共に昇降口に向かうと、皆が待っていた。
「奏ちゃん、ヤクザの事務所を潰したってほんと?」
詩音が青い顔をして聞いてきた。
「いや……どこから聞いたの」
「組長の息子を滅多刺しにしたって聞いたわ。正論で」
そう言ったのはモモである。
「須貝、その倒置法の使い方は悪意を感じるんだけど」
「くぅ。ボク、ヤーさんの知り合いいないんだ。菅谷君をサポート出来ないなんて」
ヒナが悔しそうに拳を握りしめる。
「知り合いはいなくていいだろ……?」
「ついに行くところまで行ったね、菅谷」
「いや、いやいや」
水果も苦笑いで言うので、真崎を見る。
「針ヶ谷、変なことを教えるなよ」
「雛原組、警察のガサ入れ入ったんだろ? 潰したようなもんだ。すぐに再生するだろうけど」
冗談半分の真崎に、奏介は肩を落とした。
「早く帰ろうよ」
わいわいしながら、帰路についた。




