生徒会長に喧嘩を売られたので反抗してみた2
その日の昼休み。前の席のクラスメート、針ケ谷真崎と昼食を摂っていた。水泳部所属で色黒、スポーツマン体型だが、ごつい感じはしない。細マッチョといった印象。
不意に気配を感じ視線を上向ける。気づけば机の横に片手を腰に当て、堂々と立つ泉カナメの姿があった。
その彼女を見た瞬間、奏介はあからさまに顔をしかめる。
「何か?」
「さっきから放送で呼んでいたはずだけど、何故来なかったの?」
奏介はゆっくりと立ち上がった。見下ろされるのは癪である。
「会長さんと話すことはないからですよ。わざわざこんなところまで説教しに来たんですか?」
奏介の喧嘩腰な言い方に反応して、クラスメート達が一斉に視線を向けた。シンとなる。
「まったく反省してないようね」
「反省? いい加減、絡んでくるの止めてくれません? 言ったでしょ、会長さんには関係ないって」
「生徒を束ねるのがわたしの仕事よ。生徒間のいざこざもその対象なの」
「いざこざなんて起きてないし、強いて言うなら会長さんが元凶でしょう」
「はっきり言うわ。元凶は間違いなくあなたよ」
「喧嘩売ってますね?」
奏介が低い声で言って睨むと、間に詩音が滑り込んできた。
「お、落ち着いてよ。会長さんも。私達は仲直りしたのでもう大丈夫なんです!」
「どうせ、伊崎さんが折れたのでしょう? 我慢する必要はないのよ?」
「が、我慢なんて……」
割り込んできた割にはカナメの勢いに押されてしまっているよう。
「じゃあ、聞きますけど、反省して俺に何をしてほしいんですか? 何をしたら満足なんですか?」
「あなた、女の子に酷いことを言ってたのでしょう? なら答えは一つよ。彼女の前で土下座しなさい」
「その前に俺に暴力振るったこと謝れ。普通に犯罪だぞ」
「当然の報いでしょう」
「このっ」
「奏ちゃん、ダメだよっ」
詩音が後ろから抱きついてきた。
そうこうしているうち、チャイムが鳴る。昼休みが半分過ぎたことを知らせるものだったが、カナメは奏介に背中を向ける。
「まぁいいわ。放課後、生徒会室に来なさい」
彼女はそう言い残して帰って行った。教室は静まり返ったままである。
「……おい、生徒会長と何かあったんか?」
と、奏介が手に持っていた箸が音を叩いて砕かれた。握ったときの握力が強かったのだろう。
「!?」
詩音が青い顔で奏介から離れる。
「あ、あの、落ち着こ? 放課後、私からも言うから」
「ほんと何があったんだ……」
真崎がパンをかじりながら呟いた。
その日の放課後。
奏介は授業が終わると同時に教室を出た。心なしかクラスメート達の好奇の視線が熱い。向かうは生徒会室である。
「奏ちゃんっ」
追いかけてきたのは詩音だった。
「わたしも行くって」
「別に良いけど、言いくるめられてあいつの味方になるなよ?」
「大丈夫!」
奏介は生徒会室の前まで来ると、勢い良く戸を開けた。
西日の射し込む室内には長テーブルが等間隔に並んでいる。カナメは生徒会長用の机に寄りかかりこちらを見ていた。
「やっと来たわね」
何人かの生徒会役員もいて、ぽかんと奏介を見ていた。
「どうしても来てほしいって言うから来てやったんですよ。で、用件は?」
「新しい校則を作ることにしたの」
そう言って、カナメは机に置かれていた紙をこちらに示した。
「校内では、男子は女子との距離を1メートルあけること。今は細かいルールを決めてるところだから明後日には適用できると思うわ。そうやって伊崎さんを侍らせるのも禁止になるから」
「はべ!?」
困惑気味の詩音は使えそうにない。奏介は一歩、生徒会室へ入った。
「その校則、俺への当て付けでしょう? 生徒会長という職務を利用して生徒へ嫌がらせして楽しいですか?」
カナメは少しむっとした様子で、
「嫌がらせ? 当て付けではないわよ。私は全生徒に快適な学校生活を」
「ならアンケートでも取ればいいじゃないですか。その校則に賛成か反対か。全校生徒に意見を聞いてくださいよ」
生徒会役員達がざわざわし出す。
「女子達は賛成するに決まってるわ。必要以上に男子と近づきたいはずないもの」
「男子と接触するのが嫌な女子は女子高にでも行きますよ。ていうか、会長さんも女子高に転校した方が良いのでは? そこまで嫌いなら共学にいなくても良いでしょ。あなたみたいな男子を差別する人に生徒会長をやられてると迷惑なんですよ」
「別に男子を差別してなんかいないわ」
奏介の圧に少しだけたじろぐカナメ。
「だったらこの校則はなんですか? 男子差別じゃないのなら、俺への当て付けでしょう? あなたは俺のことが気にくわないからこの学校の男子を巻き込んで嫌がらせしてるんですよ」
ついにカナメは黙った。
「なんだ、言い返せないなら図星なんですね」
「っ、元々はあなたがセクハラを疑われるようなことをしたから」
「したから?」
と、詩音が奏介の前に出た。
「奏ちゃんはセクハラなんてしてませんから! あれはわたしが悪ふざけで言ったんですっ、わたしが悪かったんですよっ」
ほとんど叫び声だった。
「伊崎さん、あなた」
「だから、奏ちゃんをいじめるのはやめて下さいっ、迷惑ですっ」
カナメははっとした様子で目を見開いた。
「い、いじめなんて」
と、生徒会役員の男子が立ち上がった。
「会長、今まで言わなかったですけど、わけわからない校則を増やすのは止めましょうよ? こうやって一般生徒とやり合うのもどうかと思いますよ?」
女子役員がテーブルに頬杖をつきながら苦笑する。
「生徒会長がトラブル起こしてたら世話ないよねー。カナちゃん、もうちょっと考えな?」
「な、何言ってるの? 校則はより良い学校生活を送るための」
奏介はわざとらしくため息を吐いた。
「他の役員さんにこう言われるって、よっぽどアホみたいな校則増やしてたんですね。生徒の意見も無視してたみたいだし」
「う……」
睨まれたので笑ってやった。
「何か俺に意見でも?」
「わたしは」
それ以上言葉が続かないようだ。
「もう俺に絡んでくるの止めて下さいね。そんな時間があったら生徒会長の仕事をちゃんとしてください」
奏介はそう言って生徒会室を出た。
「はぁ、ドキドキした。大丈夫だったかな」
「しおも中々やるね。あんなはっきり言うなんて」
「わたしが撒いた種だし!」
詩音はそう言って胸を張った。