昔の同級生の悪事を暴くことにした
数年前。
足を引きずって帰った。腰と臀部の間に痛みがあり、歩きづらい。今日のお尻蹴りゲームは激しかった。痛くて床をのたうち回っていたのに笑い声しか聞こえなかった。誰も、助けてはくれなかったのだ。
涙をこすりながらマンションのエレベーター前に着くと、後ろから来た詩音が駆け寄ってきた。
「奏ちゃんっ!? どしたの?」
「し……お」
涙目で見上げると、彼女はマンションの部屋まで肩を貸してくれた。
「おばさーん。奏ちゃんが」
母親がすぐに出てきてくれて、そのまま病院へ向かうことに。
処置が終わり、病院の待合室にて、母親に事情を聞かれたのだが。相手が丸美カナエだと分かると、母親は深いため息をついた。
「あの面倒臭い母親の」
奏介はこくりと頷く。
「奏介、怪我治るまで休もうか」
奏介はびくりと肩を揺らした。首を横に振る。
「休んだら土岐先生に怒られる」
「……」
確かに休ませた時、嫌がらせのごとく担任の土岐から迷惑電話がかかってきていた。風邪だと説明しても、わけのわからない言いがかりをつけてきていたのだ。校長にも相談したが、いじめの存在を認めたくないのか、取り合ってもらえない。
「転校を考えた方が」
母親はそう呟いて押し黙る。
「ちゃんと学校行くから、お母さん、もう先生とかに言わないで。……もっと酷いことされる」
「奏介」
助けようと動くほど、息子を追い込んでいる気がしていたのは気のせいではないようだ。
奏介を抱き寄せた。どうして良いか分からなかった。何をしても、状況が悪化する。
(どうしたらいいの)
病院から帰って奏介をベッドで寝かせると、電話がなった。
「はい、もしもし」
『菅谷さんのお宅ですか?』
「そうですけど、どちらさまでしょうか」
嫌な予感がした。
『丸美カナエの母です』
声の感じから敵意を感じたが、やはり。
「何か?」
『お宅の息子さん、今日保健室に行ったんですって?』
「……それが何か?」
奏介から聞いてはいないが、かなり痛みもあったようなので自主的に行ったのだろう。
『うちの子への当てつけみたいに保健室へ駆け込んで、ウチの娘を悪者にしようってわけですか?』
「当てつけって……うちの息子は怪我を」
『とにかく、人を陥れようとするなんてどんな教育されていますの?』
「ほ、保健室に行ったくらいでそんなこと言われても困ります。今、病院に行って来たんですよ。そしたら尾てい骨にひびが」
『それじゃ、このことは土岐先生に報告させてもらいますから』
そのままガチャ切りされてしまった。
「っ……」
リビングのテーブルへ視線を向ける。医者が書いてくれた診断書。学校に提出するかどうか迷っているが。
(あの担任じゃ)
肩を落とした。診断書は、家のタンスにひっそりとしまわれた。
○
丸美カエコは、自宅のキッチンのテーブルで頭を抱えていた。
娘のカナエの学校へ何度も掛け合ったが、無期停学処分は変わらなかった。結局自主退学することに了承した。明日、退学届を出しに学校へ出向くのだが、その時が最後のチャンスだ。
「なんとか、退学取り消しを交渉しないと」
カナエはすでに諦めモードだが、せっかく高い金を払って入学させたのだ。無駄になるのは避けたかった。
と、玄関のチャイムが鳴った。
「はい」
ドアを開けると、少し暗めな男子高校生が立っていた。
「……?」
「丸美カナエさんいますか」
「え、いや、今出掛けてますけど、同級生?」
カナエの高校は女子校なので男子はいない。しかし、小中の男友達は多いのだ。
男子高校生、もとい奏介はにっこりと笑った。
「俺、菅谷奏介って言います。小学生の頃は色々とお世話になりました」
「菅谷……?」
少し考えて、唐突に思い出した。度々カナエとトラブルになった男子の名前だ。確かに見覚えのある顔である。
カエコはあからさまに嫌悪の表情。
「一体何の用? 違う学校へ行っても付きまとっているの? どうしてもうちのカナエを悪者にしたいのね」
奏介はクスクスと笑う。
「娘さん、制服でラブホ行って写真撮られて問題になったんですよね? しかもそれがバレて学校退学でしょ? 俺やうちの母親のこと悪く言ってましたけど、そっちの娘はどういう神経してるんですか? 非常識だし、不潔だし、家庭環境がしれてますよね。ラブホって18歳未満立ち入り禁止ですよ? 人に苦情寄こす前にそのだらしない貞操観念を娘に改めさせて下さいよ」
一気にまくし立てられ、カエコは口をパクパクさせる。
「い、いきなり失礼な」
「失礼はあんたの娘。最近、丸美さんとその彼氏さんに殴る蹴るの暴行を受けたんですよね。どう責任取るつもりですか?」
「またそういう話? 小学生の頃も」
奏介はポケットから紙を取り出してカエコの目の前に突き出した。
「丸美さんに蹴られて尾てい骨骨折した時の診断書です。母が医者にもらってたんですけどね、あなたがバカな猿みたいにギャンギャン騒ぐから学校に提出しなかったんですよ」
「し、診断書? そんなの、土岐先生は何も」
「土岐? あぁ、生徒を撲殺しようとして逮捕された殺人未遂の犯罪者で元教師のことですか? あれと仲良かった時点であなたの人間性疑いますよね」
どきりとした。小学生の頃にお世話になった娘の担任が最近になって逮捕されたというのは知っている。
「と、土岐先生は凄く良い先生で」
「撲殺未遂犯が?」
奏介は嘲笑を浮かべる。
「っ……!」
土岐には散々助けてもらった。目の前の菅谷奏介とトラブルになる度に、カナエの味方をしてもらったのだ。
「まぁ良いです。それより丸美カナエに伝えてもらえます? 暴行の証拠を警察に持っていかれたくなかったら、明日の夕方、南城と例の裏路地に来いって」
奏介はそう言って、背を向けた。
「伝えなくても良いですけど、あなたの娘、社会的にどうなるんでしょうね」
カエコは動けなかった。
翌日。
丸美と南城はとあるファミレスで向かい合っていた。お互い、青い顔をしている。
「……アカノが警察に捕まったって」
「う、うん。聞いたよ」
確信はないが、菅谷奏介の仕業だろう。ミハラにも連絡を取ったが、怯えた様子で『連絡をして来るな!』と怒鳴られて通話を切られた。
「それで、呼び出されたって」
丸美は南城の問いに頷いた。
「あいつ、うちに来たっぽくて。ママが出たみたいなんだけど」
「僕の名前も出たと」
丸美は頷いた。
「そっか、確かにそれは僕も行かないとまずい気がするね」
「ねぇ、どうする? こんなの絶対脅されるよ」
「だろうね。彼のやり口は卑怯だから」
「あいつ、執念深いにも程があるでしょ」
「逆に僕らが有利になる証拠を突きつけられれば、だけど」
南城は顎に手を当てた。
「土原さんは映画盗撮で捕まったって言ってたね? それを仕掛けたのはきっと彼だから、上手く誘導してやったと認めさせればいいかも知れない。会話を録音するんだ」
「そっか、盗撮カメラ仕掛けたのがあいつだって分かれば警察も冤罪ふっかけたのが菅谷だって分かるし」
二人は突如生まれた希望の光に、力強く頷きあった。
呼び出されたのは以前丸美と彼氏が奏介を連れ込んで暴行した裏路地の開けた空間だった。他人に邪魔されることはないだろう。
路地へ入っていくと奏介が壁に背中をついて腕を組んでいた。
「来たんだ。逃げるかと思ったけど」
冷たく、低い声。静かな敵意のこもった様子にたじろぐが、二人は小さく頷きあった。南城が録画を開始する。
「逃げるって? あたし達は被害者でしょ。あんたがやったこと、全部ネットに流してやるから」
「随分イキるな。やり返す方法でも思いついたか」
当然だ。
丸美はにやりと笑った。
「アカノに映画盗撮の罪を着せたんでしょ?」
「……」
「こっちは証拠を掴んでるの。警察に言えば、あんたに捜査の手が伸びるかもね?」
もちろん、はったりだが。
「証拠か。まぁ、そうだな。俺が小型カメラをあいつの座席に仕掛けて監視員にちくったんだよ」
キタ!
丸美と南城は勝利を確信した。
「ふーん? 無実の罪で同級生を警察に渡したってこと? 卑劣な手口だよね」
丸美は余裕を持って煽った。
「君、僕や丸美さんに対してやったことも犯罪だと自覚してるかい? プライバシーの侵害だろう」
「……」
奏介は何も言えないようで黙った。
「昔からそうだよね、あんた。自分が悪いのに石田君やあたしが悪いみたいに泣いてさ。あれがほんっとにウザかったの。クラス皆でウザがってたの気づいてないんでしょ?」
「君、保健室へ逃げて養護教諭の先生にうちのクラスの悪口を言ったこともあったよね? 何も知らない外部に味方を増やそうとしたんだろうけど」
「それで土岐先生にバレて、また泣いて誤魔化す。その繰り返し。あんたがいるだけでクラスの空気最悪だったんだから」
「自覚がないから、こうやって逆恨みしてるんだろうけどね」
奏介は制服を腕まくりした。
丸美と南城はどきりとする。彼の腕には太い縄が巻きつけられており、赤いミミズ腫れなども出来ていた。
ポケットから取り出したのは黒くて手のひらサイズの機械。護身用のスタンガンである。
奏介は躊躇いもなくそれを首に当てる。
奏介は薄く笑った。その指は、黒いスタンガンのスイッチに添えられた。電圧はマックスになっている。
「つまり、お前がいると不快だからここで自殺しろってこと?」