ネットの誹謗中傷に物理で反抗してみた3
奏介がローテーブルの前に戻ると、ナナカがいなかった。見ていなかったが、どうやらトイレに立ったらしい。わかばはというと、小刻みに震えていた。
「……橋間はどうしたの?」
「奏ちゃんが植えつけたトラウマが蘇ってきたんだよ……」
詩音が遠い目をする。
「トラウマ?」
「あんた、一人くらい殺ってるでしょ?」
わかばは真顔だ。
「どういう質問? なんか勘違いしてるみたいだけど、俺は喧嘩強くないよ」
むしろ弱いと付け加える。
「うそっ、絶対誰かを殴り殺したことあるわっ」
迫真である。
「相手を煽り倒して殴り殺されそうになったことはある」
「は!?」
わかばは信じられないといった表情で奏介を見る。
詩音は苦笑い。
「奏ちゃん、暴力振るわれるの覚悟で煽りに行くもんね」
「そんなの当たり前だって。いじめっ子には、一発殴らせて牢屋にぶちこんでやるくらいの気持ちで挑めって言われてるから。一番手っ取り早く犯罪の証拠を手に入れる方法だからね」
「誰に言われてるのよ!?」
奏介はその質問には答えず、真崎を親指で示した。
「可能性があるとしたら、針ケ谷だね」
「ねぇよ」
真崎は肩をすくめる。
「え? 針ケ谷君? なんで?」
詩音が不思議そうにする。わかばは小さく息を吐いた。
「伊崎さん知らないの? 針ケ谷は不良に一対一の決闘を申し込まれるくらい喧嘩強いのよ。伝説の一般中学生だっけ? ダサいあだ名。うちの中学校まで轟いてたわよ」
「えぇ!?」
「オレの話はどうでも良いっつの。それより、さっきの電話のオバサンも結構ヤバそうだったよな」
奏介は、はっとした。いつの間にか話が脱線してしまっていたようだ。
「思い込みが激しいのか、人の話を聞かないのか。どっちにしろ厄介だよね」
と、そこでナナカが戻ってた。顔色が悪い。彼女にだけは通話の内容を聞かせるべきではなかった。奏介は心の中で反省する。
「大丈夫? ナナカ」
彼女は青い顔でこくりと頷いた。
「菅谷君、だっけ? ありがとうね。わたしは言い返したり出来ないから」
嬉しそうに微笑む。
「いや、あれは勢いで圧倒しただけなので」
「でも、ちょっとスッキリしちゃった。すごいね」
「……あんた、何赤くなってるのよ」
わかばの突っ込みに、
「気のせいじゃない?」
奏介は素知らぬ顔で返す。
「電話の相手の話を最後まで聞いたことなかったけど、あんな風に思われてるんだなって」
場の雰囲気がこれでもかと言うほど重くなる。
「えーと、ナナカも菅谷を見習って強気で行くって言うのはどう? やっぱり嘗められるとさ」
「それは止めた方が良いよ。炎上の対象が野竹さんなのに本人が強気で反論してったらさらに加速するでしょ。匿名な上にあっちは複数いるんだから燃え上がって地獄絵図だよ」
「そういえば奏ちゃんさっき、番号が間違ってるって言ってた?」
「第三者が野竹さんの代わりに反論してもヘイトが彼女に行くんだって。だから間違え電話ってことにした。そうすれば全力で言い返せるしね」
「私情が入ってんじゃねぇかってくらい罵ってたな」
「正直頭に障害云々のくだりでキレた」
「あー」
全員納得してくれたよう。
「それで、何本かあんな風に言い返したあとに野竹さん叩き専用チャットルームに『野竹ナナカは店の番号を変えたらしい』って情報流しとけば批判電話は減るんじゃないかな」
「おぅ、匿名様々だな」
奏介は頷いて、
「なので野竹さん、後二、三回俺が対応しますね」
「……ありがとう、菅谷君」
するとわかばが奏介を睨んだ。
「つまり正論では言い返さないってわけ?」
「正論、で言い返しても心に響かないよ。ああいう人達には」
「じゃあ、言われっぱなし?」
「いや、橋間は何が言いたいの?」
「ナナカはそんなことしないって、反論して、ほしいのよ」
わかばは拳を握りしめていた。
「それをやると、野竹さんの立場が悪くなるんだよ?」
「わかってるわよ。わかってるけど、悔しいじゃない」
詩音と真崎も何も言えずに二人を見ている。
「わかば、良いよ。仕方ないよ。変なコメントにすぐに対応しないで一日放置してたのも悪かったんだし」
「でも」
わかばの様子に奏介は頷いた。
「わかった。やってみる。次の電話はこのお店に繋がったって体で反論してみよう。ただ、やっぱり野竹さんがやるのが一番かな。代わりに反論するのが男ってまずいからさ。何て言えばいいか教えますよ」
「いや、あんたがやんなさいよ。なんのためにここに連れてきたと思ってんの?」
「頼みを聞いてやろうとしてるのに偉そうに……。何て言えば良いかちゃんと教えるって」
「ダメっ」
「ならお前が代わりに」
「いやっ」
「子供か? じゃあしお」
「なんで!?」
「だから女の子の方がダメージが」
「奏ちゃん、ここにボイスチェンジャーって代物があるんだけどね?」
「え……?」
奏介は動きを止めた。