ソシャゲアプリに親の金で課金しまくった小学生に対抗してみた1
奏介は姉の姫に呼び出された駅のホームに立っていた。
「改札は……あれか」
都市部の大きな駅でホームが何本もある。学校の最寄り駅から三十分といったところだ。
連絡通路を通って、外へ出ると人通りの多さに少し驚く。
時刻は午後六時時過ぎである。
「奏介ー」
タイミング良く手を振りながら歩み寄ってきたのは姫である。
「お待たせ。こっちまで来てもらって悪かったわね」
「ああ。それでどうしたの?」
姫は眉を寄せて、
「学生の時のバイト先の人に悩み相談されてね」
「悩み相談……」
最近の奏介と同じことをやっている。姉弟そろって性質が似ているのだろうか。
それはそれとして、少し前に風紀委員で悩み相談窓口の担当になったと漏らしてしまったせいで話を持ちかけられているのかもしれない。
「やっぱり男と言えど、子供をグーで殴るのは良くないと思うのよ」
「それ、良くないどころか下手したら捕まるから。ていうか、何の話?」
「相談してきた人の息子さん。小学四年生なんだって」
「その子が何か問題起こして、相談してきた人が困ってるってこと?」
「ええ、夫婦そろってね。その二人の結婚、結果的にあたしがお世話したようなものだから、なんとかしてあげたいのよ。今度、なんでも好きなものを奢ってあげるから、協力して?」
両手を合わせる姫。片目を閉じて見せる。
「んー、まぁ」
「でないとあたしの拳が血に染ま」
「あ、わかった。うん。じゃあ、夕飯、遠慮なく奢ってもらおうかな」
「ありがとっ」
話は本人達に会ってからということになった。
連れて行かれたのはとあるファミリーマンションの三階にある部屋である。表札には『野牧』とある。
チャイムを鳴らすと、すぐに女性が現れた。三十代だろうか。さっぱりしたショートヘア、綺麗な人だった。
「こんばんは、ゆこさん」
「姫ちゃん! ほんとに来てくれたんだ」
嬉しそうだ。
「こっちは弟の奏介よ。話した通り」
「そっか、よろしくね」
優しげな人である。
「全く関係ないのにすみません。よろしくお願いします」
と、奥からスポーツ刈りの大柄な男性が歩いてきた。
「おおい、キッチンタイマー鳴ってるぞ、何を」
姫と目が合うと同時、彼はハッとしたようだ。
「あ、菅谷さん? あ、あの時はどうも」
頭を掻きながら、困ったような笑みで歩み寄ってくる。
「変わってないわね、英治さん」
「オレもゆこも相変わらずで」
「今、子供は塾に行ってるんだ。とりあえず上がって」
ゆこに言われ、姉と二人、室内へ。
通されたのはリビングだった。ローテーブルを囲んでそれぞれソファに腰掛ける。ゆこがお茶を用意したので、四人で向かい合いながら、一息つく。切り出したのは姫だった。
「それで息子さんは反省したの?」
ゆこは首を横に振り、英治は沈んだ表情で、
「それどころか開き直ったよ。なんでダメなんだって逆ギレされた。俺も怒鳴って怒ったんだが聞きやしない」
奏介は三人の顔を見回した。
「俺、状況がよくわからないんですけど、息子さんに何かあったんですか?」
英治が頷く。
「息子はアプリゲームが好きでね」
ソーシャルゲーム、スマホにダウンロードして遊ぶタイプのゲームでなんと言っても無料。作品によってはハイクオリティなものもある。しかし、無料でできることには限界があり、課金に手を出していくユーザーも多いのだ。
例えば、バトルもの。
強いモンスターや強い武器を手に入れるためにくじを引く。いわゆるガチャをするために必要なアイテムがあり、それをコツコツ貯めながらストーリーを進めていくのだ。しかし、課金をすればしただけガチャを回せるので、ゲームに入れ込んでいる人は月に万単位で消費しているという。
彼女達の息子は、お小遣い、全財産(少し大げさだが)で課金しまくっているということなのだろうか。
「オレ達の知らない間に課金して遊んでたんだ。クレジットカードを使ってね」
「……失礼ですが、息子さんはもしかして、野牧さん達のクレジットカードをこっそり」
「ああ、いや。私達も悪いの。息子は共有のタブレットで遊んでたんだけど、そのタブレットからネット通販を見てて、クレジットカードで買い物したこともあるから」
家族しか使わないタブレット、サイトにクレカの番号を登録してても不思議ではない。
「それで、息子さんがいつの間にか使ってたと」
「先月はほしいキャラがいたとかでガチャを回しまくって、一日五万使ってた日もあったみたい。気づいた時には合計で八十万も使われてしまっていて」
「なるほど、八十……え……」
背筋がひんやりした。
「えーと、八万円ではなく八十万円ですか?」
夫婦はこくりと頷く。
それから彼女達に見せられたのはタブレットの通信量などの請求書。内訳はわからないが、確かに八十万と少し請求されている。かなり0が多い。どうやら引き落としは一週間後のよう。
予想以上に大惨事だった。奏介は血の気が引くのを感じ、姫へ視線を向ける。
「姉さん、こういう悩みって」
「消費者庁かしらね?」
「そう、だよね」
消費に関する相談窓口があるはずだ。インターネット通販で粗悪品が届いたなどの相談はそこが一番良い。しかし、今回の場合はどうなるのだろう。はたから見れば、正式に購入しているので詐欺ではないだろうし、返品という概念があるのかどうか。
「まぁ、それはそれとして、息子さんがまったく反省してないのよ」
「ああ、それで」
姫の性格からして、拳が血で染まってもおかしくない。成人男性だったら、姉が正式な決闘を申し込みそうだ。
「息子にしてみたら、お金じゃないんだから良いだろって。クレジットカードは後からお金を払うものだって教えたんですけど、私達が何度も叱るのが気に食わなかったみたいで、『オレが知らなくて使うかもしれないのに、使えるようにしとくのが悪いじゃん。保護者の責任てやつじゃん』って」
クソガキ感が半端なかった。自分で稼いだ金ならともかくである。
姫は腕を組んだ。
「本人が言うことじゃないでしょうが。その前によく考えなさいって話ね」
英治はため息を一つ。
「でも、それを言われたら黙るしかなくてな。勝ち誇ったような顔してたよ」
と、丁度玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
軽い足音が近づいてきて、キッチンのドアが開く。
「……おかえり、新太」
「母ちゃん、オレ疲れたから部屋にいるわ。夕飯よろしく。ふぁ……」
スポーツ刈りの少年があくびをしながらそう言った。
「ん? お客? てか、またそれの話?」
八十万円の請求書に顔をしかめる息子。何度も見せられているのだろう。
「父ちゃんも母ちゃんもいい加減にしなよ。いつまでも切り替え出来なくてうじうじうじうじと」
肩をすくめる息子、新太。予想以上の酷い態度だった。
そして姫の目に殺気が。
「ね、姉さん落ち着いて」
慌てて奏介が宥めていると、新太がこちらへ視線を向ける。
「つーか、誰こいつら」
その冷めた視線に奏介は表情を消した。こういった蔑みの目には覚えがある。小学生の時に幾度となく自分に向けられた。言葉にされなくても分かる。こちらのことをバカにしている、と。
「君、ゲームに八十万円使ったんだって?」
奏介が笑顔で聞くと、新太は鼻で笑った。
「それがなんだよ? 悪いの?」
「いや、普通に考えて、人が頑張って稼いだお金で、八十万も使わないと思うんだけど。最新のゲーム、固定機も携帯機も二万〜四万だし、ソフトは通常版なら八千円前後だし。なのに八十万使うとか、どんな騙され方したら、それ買おうと思うの? 正直、八十万円て聞いて騙されるバカはいないと思う。しかも人のお金でさ。あーでも誰かさんは、やっちゃったんだっけ?」
この物語はフィクションです。実在の事件、事故、人物とは一切関係ありません。