痴漢被害に遭った女子を中傷するサラリーマンに反抗してみた1
今回、他サイトの読者様から提案された題材をネタにしております!
放課後、東坂委員長に呼び出された。わかばと共に風紀委員会議室へ向かう。
「やっぱ相談なんじゃない? 集まりない日に呼び出しとかそれしかないじゃない」
「まぁ、そうだろうね」
会議室の戸をノックして、
「失礼します」
中へ。
室内には委員長の事務机に座った東坂委員長とその隣に立つ飯原ハルノが待っていた。
「あ……! 飯原先輩」
途端にわかばが嬉しそうな声を上げる。憧れの存在、東坂委員長の親友であり、人気モデルの飯原ハルノだ。
「こんにちは」
後輩に対する態度とは思えないほど、緊張した様子で頭を下げた。
「呼び出してしまってすみません。実は相談が来ているんです」
東坂委員長が困ったように言う。
「いえ、今日は特に予定なかったので大丈夫です」
「あのっ、もしかして相談て飯原先輩ですか? またこの前の先輩達が」
わかばが心配そうに言うと、ハルノは苦笑を浮かべる。
「いえ、菅谷君達が助けてくれたお陰であの人達からはまったく悪口言われなくなったの。ほんとに、嘘みたいに」
にっこりと笑ったハルノはあの時とは感じが少し違う。朗らかというか、晴れやかというか。こんなに元気なら活動休止は結果的に良かったのかもしれない。
と、横へ視線を向けると、わかばがじと目でこちらを見ていた。
「……どうした?」
「良いわね、飯原先輩の笑顔を向けられて」
まさかの嫉妬だった。
「あ、もちろん、橋間さんにも感謝してます。味方してくれて嬉しかったから」
「! 当たり前ですよ、だから……嫌かも知れないですけど、気持ちが戻ったらお仕事戻ってきて下さいね」
「うん、実はちょっと考えてるから」
「楽しみにしてますっ」
完全にアイドルを前にしたファンだ。
「それで委員長、相談の内容は? 依頼者は飯原先輩じゃないんですよね?」
「もうすぐ来ると思いますよ」
東坂委員長が壁時計を見上げる。
「実は、今回わたしが勧めたの。あきら含めて、凄く良くしてもらったから」
と、タイミング良く会議室の戸がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは女子生徒だった。東坂委員長達と同じ学年らしい。
「あー……ごめん。遅れちゃったぁ」
彼女はとろんと眠そうな目でそう言った。それから困ったように笑い、頭をかきながら近づいてくる。
奏介はドキリとした。変な目で見ているわけではないが、非常に胸部がふくよかな女子だった。カップ数ならFだろうか。
「えっと……橋爪ミツハでーす」
「橋爪さん、こちら一年生の菅谷君と橋間さんです。相談窓口担当なので、詳しいことを教えてもらえますか?」
東坂委員長が言うが、
「一年生?」
不安げだ。無理もないだろう。仲が良いならともかく、知らない年下に相談をするなんて。
「大丈夫。凄く頼れるから」
ハルノが言うと、わかばも何度か首肯く。
「確かに頼れるわね。えーと、こんな見た目ですけど、実績もありますから大丈夫ですよ」
「ふふ。うちの自慢の風紀委員ですからね」
東坂委員長も同調。
「いや、皆でハードル上げてるの止めてください」
奏介が呆れ顔で言う。
「ハルちゃんとあきちゃんが言うなら、頼って見よっかなぁ? あーでもよく考えたら、校内のことじゃないんだけど、それでも相談聞いてくれるのー?」
「校外でのことでも、悩みがあることによって成績に影響があるかも知れないなら、受けることにしていますから」
東坂委員長がすぐにそう答えた。
ミツハは少し躊躇って、
「んー、実はあたし、最近痴漢にあって警察のお世話になったの」
「ち、痴漢ですか」
わかばが必死に胸を見ないようにしている。女子でもやはり気になるのだろう。
「体中触られてー、それで勇気を振り絞ってやってたおじさんを捕まえて駅員さんと警察に突き出したの」
「凄いですね」
奏介が感心したように言う。普通なら恐怖で動けなくなるだろう。自分が痴漢にあった時も結局動揺して逃げられてしまったわけで、捕まえたというのは中々行動的だ。
嫌な記憶が甦り、奏介は軽く頭を振った。
「ミツハ、結構度胸あるから」
ハルノが補足する。
「捕まえたなら、何が問題なんですか?」
わかばが不思議そうに言う。
ミツハは憂鬱そうな顔をする。
「なんていうか、毎日乗る電車だからお客さんの顔ぶれが同じで、その中の一人に言われるの。『お前がそのデカい胸で誘惑するから痴漢に遭ったんだ。逮捕されたサラリーマンに謝れ』って。最近毎日言われるから、他の人も『確かにそうかも知れない』とか言い出して……白い目で見られるっていう。あたしが悪かったって、ことなのかなぁ」
ミツハは深いため息を吐く。
「いやいやいやっ、それおかしいですって。言いがかりじゃないですか」
わかばが慌てたように言う。
東坂委員長も眉を寄せながら頬に手を当てた。
「被害者に酷いことを言う人がいるんですね」
「……その痴漢のおじさん、他の女の人にもやってたからここで捕まえないと……! って思って頑張ったのになんか無駄だったのかなぁって。挙げ句、誘惑して冤罪を押しつけたんじゃないかって言われ始めてー……なんかもう、なんかねぇ」
口調はふわふわしているが、ミツハはつらそうにしてうつむく。
「これはもうあんたの専門じゃない?」
「専門かどうかはともかく」
やはり、特殊メイクで行動中のあの出来事を思い出す。あれを誘惑したから痴漢されたのだとでも言われたら、
「腹立つな」
間接的に喧嘩を売られている気分だ。
「え、なんでもう喧嘩売られたモードに入ってるのよ。あ、もしかしてあんた、自分が」
奏介はすっと目を細めてわかばを見る。
「それ以上触れたら、橋間お前」
わかばは固まって、冷や汗をかき始めた。そして、
「申し訳ございません」
頭を下げる。
「ん。もう少し学習しろよ、お前は」
「あんたの見た目、どうしても嘗めてかかりたくなるのよね……」
わかばはため息を吐くのだった。
「とりあえず、橋爪先輩、俺が一緒に電車に乗りますよ」
「え? ああ、うん。なんかその、ありがとー」
すぐに対処してくれるとは思っていなかったようだ。
「わたしも付き合いたいけど、ちょっと顔が売れてるから」
ハルノが困ったように言う。それは仕方がない。いずれ復帰するつもりならその場にいない方がいいだろう。
「大丈夫です。あたしが頑張りますから!」
「ありがと、橋間さん」
いつになく張り切るわかばである。本当にハルノが憧れなのだろう。
「ではわたしも付き添いします。今回は四人で行きましょう。田野井さんは用事があるので帰られましたから」
男子が自分だけなのは不安だが仕方がない。
明日、ミツハの登校時間に駅に集合することにした。
翌日。
ミツハの自宅の最寄り駅にて、奏介、わかば、東坂委員長、ミツハの四人が集まっていた。
改札口の前で全員揃ったことを確認して、ホームへ入る。
「なんかごめんねー。わざわざ切符買って来てくれたんだ」
当然だが自宅の場所や登校時間は全員バラバラなので、定期の範囲を越えたら払わなくてはならない。
「大丈夫ですよ」
すぐに電車が着いて、乗り込む。通勤ラッシュの一本前の早い電車なので混み具合はそこそこだ。立っている人が数人、後は座れている。
ミツハはいつも立ち乗りだそう。ドア近くに移動した彼女から少し離れて、様子を伺う。
「嫌な雰囲気ね」
わかばがぽつり。
「……ええ、皆ミツハを見ているようですね」
東坂委員長も同調する。
客達の声が聞こえてくる。
『あの子、胸デカ過ぎ』
『痴漢捕まえたらしいけど、あれじゃあね……』
『実は冤罪なんじゃない? この前のおじさん可哀想』
勝手なことを言っている。
と、ミツハに歩み寄るスーツのサラリーマンが。かなり若い。
「おい、またそんな胸ぶら下げて、誘ってんのか? こんなところで男を誘惑して楽しいか?」
「あ……」
ミツハの表情が歪む。いきなりあんなことを言われたら精神的に辛いだろう。
「な、なんでそんなこと。あの人は痴漢したんですよ? なんでわたしを責めるんですか?」
ミツハが震えながら言うが、
「誘惑してんだよ、そのデカパイでな。それを痴漢? ふざけんな」
奏介は舌打ちをした。
「二人はここで待ってて。何かあったら駅員さん呼んでよ」
「了解よ」
「菅谷さん、無理は禁物です」
奏介は頷いて、ミツハ達に歩み寄る。その頃にはミツハは目に涙を溜めていた。
「先輩おはようございます。大丈夫ですか?」
「す、菅谷君」
ミツハは涙を拭う。
奏介は無表情でサラリーマンを見た。
「さっきから聞いてればうちの先輩になんてこと言うんですか?」
サラリーマンは汚いもの見る目でミツハの胸を指で指す。
「その女がそのデカパイで男を誘惑して痴漢させてんだよ」
奏介は困ったように笑う。
「え、誘惑されたんですか? 先輩に」
「ああ、そうだ。それで痴漢を」
「誘惑されて痴漢した? え、普通の人なら、電車の中で誘惑されたとしても我慢しません? 良い大人で社会人なのに我慢出来ないと? へぇ、いるんですね、発情期を迎えてしまったワンちゃんみたいな方って」
サラリーマンは、表情を歪めて、目を見開いた。
「ちなみにワンちゃんなら可愛いものですけど、大人の男性がまさかそんな」
奏介は苦笑を浮かべ、さらににやりと笑った。